第39話 競争相手

「キューイー!」

「わぷっ」


 急いで駆け寄ったエトの顔に、シロが飛びついた。


「おお、シロ助は無事なのだ!」

「とりあえず、一安心ね……」


 追ってきたスゥとリーシャも、ほっと胸をなでおろした。

 それに、一番上に入っていたシロが無事ということは、重要な荷物は無事だろう。


「ぷは……よかった、シロちゃん。元気になったんだね。」

「キューイ!」


 シロはあの遺跡での事件以来、ずっと気だるそうにしていたので、それも少し心配していたのだ。

 こんな元気な仕草は、久しぶりに見た気がする。二重で安心だ。


「……あれ?」


 しかし、顔から引きはがしたシロを見上げて、エトは首を傾げた。


 おなかの辺りに、なんだか黒っぽい模様が浮き出ている。

 確か、前見た時は、こんなのなかった気がするけど……。



「ああ、冒険者の嬢ちゃんたち。悪いな、荷物の積み込みでちょっと目を離した隙に、いくつか食べ物を持っていかれちまったらしい。」


 その声に顔を向けると、馬車の主の行商人が、申し訳なさそうに頭をかいていた。

 言われてみれば、先の村で貰った食べ物の箱が少し減っているようだ。


「あ、いえ、謝らないでください! 行商人さんのせいじゃ無いですし……!」

「そうなのだ、おっちゃんは悪くないのだ! なんならスゥたちが、その泥棒を捕まえてやるのだ!」

「いや、さすがにそれは無理でしょ……。どうやって探すのよ。」


 スゥはふんす、と意気込んでいたが、リーシャの言う通り、周囲は暗く人影も見えない。

 姿だって見たわけじゃないし、これは諦めるしかないな――と、そう思っていた時だった。


「キュキュイ!」

「あっ……シロちゃん?」


 突然、シロが手元を飛び出した。

 そのまま少し離れた林の入口あたりまで行くと、くるくるとこちらを待つような仕草をしている。


 三人は、思わず顔を見合わせた。



+++



「砥石と油と……うん、これで十分だな。」


 ロルフは三人と分かれ、整備用品の買い足しをしていた。

 スゥが仲間になる予定は無かったので、大型武器の整備用品を用意していなかったからだ。


 ちなみに、たまに『大型武器は手入れの必要がない』というような話を聞くが、それは大きな間違いだ。

 大型武器はその質量そのものが破壊力になるため、切れ味が悪くなっても対象を叩き斬ることができる。

 しかし、刃が鈍っているほど武器への反動は大きくなり、無駄に体力を消費する上、加速度的に刃の劣化が進んでしまう。


 双剣のような小型武器は、やわらかい金属を素材に使っているため、多少の衝撃ならしなることで吸収できるが、大型武器はそうはいかない。

 固く厚い金属の塊というのは、負荷がかかり続けると、最終的には砕けてしまうのだ。


 切れ味が悪くなってもなんとか戦うことはできるだろうが、武器が砕けてしまってはどうにもならない。

 重要度からすれば、大型武器こそしっかりと整備すべきなのだ。



「それにしても、戦斧……か。」


 そういえば、前にも戦斧の使い手に、同じような内容を説明したことがあった。


 あの時も――悪い癖だと分かってはいるのだが――彼のボロボロの武器を見て、つい口を出してしまったのだ。

 その男が、Aランクギルドのギルドマスターだとは知らずに。


 身から出た錆ではあるのだが、それ以来目をつけられてしまい、やれクエスト達成率が上がっただの、より良い整備法を発見しただの、何かにつけてギルドに押し入ってくるので、対応が大変だったものだ。


 そんな彼のギルドだが、現在も順調に実績を上げており、『Sランクに最も近い民間ギルド』とまで呼ばれているらしい。


 一方、こちらはギルドを追放されてしまったわけで、うまく言えないが、不甲斐ないというか、今は合わせる顔がないというか……。



 ――と、思っていたのが、店を出る直前までの話だ。


「……フン。こんなところで、貴様に会おうとはな。」 

「は、はは……ライゼン、久しぶりだな……」


 筋骨隆々にして、見上げるほどの体高。

 Aランクギルド『アイアンゲート』のギルドマスターであり、『移動式要塞』の二つ名を持つ男、ライゼン。


 奇遇にも、ドアを開けた数歩先に、その男は立っていた。


「……」

「……」


 しばらく、ただ時間だけが流れた。


 困った……。

 こちらから話を振ろうにも、何をどう話せばいいものか。


「あー……ライゼン、その――」

「ルーンブレードを、抜けたそうだな。」


 こちらの言葉を遮るように、ライゼンは口を開いた。


 ……やはり、話は伝わっているか。

 最初から隠すつもりは無いので、知っていてくれたほうがありがたい。


「……ああ。知ってたんだな。今は――」

「だが、立ち止まってもいないらしい。」


 ライゼンはロルフの持っている荷物をちらりと見て、ぶっきらぼうにそう言った。


 一瞬、何のことか分からず、言葉を返せないでいると、彼はロルフを押しのけ、店のドアに手をかけた。

 そして背を向けたまま、少しの間動きを止めた。


「……とっととAランクに来い。貴様がいないとつまらんのでな。」


 それだけ言うと、ライゼンは店の中に入っていった。



 残されたロルフは、しばらく呆然としていた。


 罵詈雑言とまではいかないにせよ、嫌味を言われることは覚悟していた。

 だから、なんというか、肩透かしを食らったような気分だ。


 なんなら、むしろ、励まされたような気すらする――というのは、流石に都合よく考えすぎだろうか。



 ロルフは一度だけ店を振り返った後、皆が待つ馬車の方へと歩き出した。

 その足取りは、何故か少し、軽くなったようにも思えた。

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