第37話 ジャンボカニ祭り③

「んー……! おいしい……っ!」


 カニの身を頬に詰めて、エトは目を輝かせた。


「カニにかぶりつくなんて、夢みたいなのだ~!」

「ホント、まさか魔物の肉が食べれるなんて……」


 スゥとリーシャも驚きながら、その身を口に運んでいる。


「はは、そうだろう。これがダイオウガニが駆除されない最大の理由だな。」


 ロルフ一行は、町の料理屋に来ていた。

 取ってきたハサミを買い取ってもらうためと、それを料理してもらうためだ。


 ちなみにエト達も驚いていたが、基本的に魔物の肉は食用に向かない。

 魔物とそうでない動物の最大の違いは、体内に魔石を持ち、魔力を体に巡らせて身体能力を強化している点だ。

 このため巨体を維持できるのだが、死んで魔力の供給が止まると、筋肉に残った魔力が逆流するとかで、その肉質は急激に劣化してしまう。


 この現象は『魔力焼け』と呼ばれており、味は悪くなるわすぐ腐るわで、食用としては非常に扱いにくいのだ。


 しかし一方で、ダイオウガニのハサミは、切り落とすと内部の魔力を消費して、可能な限り閉じ続けるようになっている。

 倒せない敵に出会った際に相手の体を挟んだままハサミを自切し、逃げるためではないか……と昔の仲間が分析していたが、ともかくこの性質のおかげで、ハサミだけ落とせば魔力焼けが起こらないのだ。


 固く閉じたハサミが手で開けるようになれば、魔力が切れた合図。すなわち、食べごろなのである。



「たしかにこんなおいしいなら、倒しちゃうのはもったいないのだ。」

「そうね。ハサミが生えてきたら、また上がってくるんでしょ?」

「うんうん、なんだか、すごくお得な魔物って感じがするよね。」


 楽しそうに話す三人を見て、ロルフは軽く溜息をついた。


 やれやれ、そんな簡単に取ってこれるものじゃないんだけどな。

 店の人も『ハサミ六本』と伝えたときは驚いていたが、自分だってこの子たちのポテンシャルには驚かされっぱなしだ。


「さて、お前たちのおかげで、ずいぶん臨時収入があったからな。港町でしか食べられないものは多いんだ、まだまだ料理は来るぞ!」

「うわあ、楽しみですねっ。」

「望むところなのだー!」

「……食べ過ぎて倒れないでよ?」



 四人は心ゆくまで、魚介料理を堪能したのだった。



+++



「うっぷ……食べ過ぎたのだ……。」

「言わんこっちゃないわね……こういうのは自制が、大事、なのよ……。」

「り、リーシャちゃん、無理に喋らないほうがいいよ……?」


 料理屋を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 ロルフは少し補充したいものがあるらしく、先に馬車のところで待っていてほしいと言われたので、今は三人だけで向かっている。


 みんなでついて行っても良かったのだが、二人がこんな感じなので、きっとロルフも気を使ったのだろう。



「それにしても、エトとリーシャをクビにしたギルドはアホなのだ。二人ともめちゃくちゃ強いのだ!!」


 突然、スゥは自分とリーシャに向かって、そう言い放った。

 その表情は、とても嬉しそうだ。


「そ、それはスゥもでしょ。一番活躍してたじゃない。」


 褒められるのが不得意なリーシャは、相変わらず頬を赤らめている。


「いやぁ~……スゥもこんなに戦えたのは初めてなのだ。まさか武器を変えただけで、こんなふうになるなんて……」


 スゥは軽く照れながら、昼の戦いを思い出しているようだった。

 その言葉に、思わず笑みが漏れる。


「ふふ、それ、私たちもなんだよ。」

「え……っ、そうなのだ?」


 意外そうな顔をするスゥに、うん、と深く頷いて返す。


「私は壊れた武器で戦ってて、リーシャちゃんは杖の調整があってなくて。それを見つけてもらって、直してもらって、今みたいに戦えるようになったんだよ。」


 噛み締めるように、一言一言、ゆっくりと口に出す。


 言葉にすると、こんなにも短い。

 でもその中には、いろんなものが詰まっている。


 苦しかったこと、辛かったこと。

 そして何より、嬉しかったこと。


「エト……」


 スゥの目は少し、潤んでいるようだった。

 リーシャは軽く微笑みながら、静かに頷いていた。


「だから……私は、恩返しがしたいの。」


 夜空を見上げると、満天の星が輝いていた。


 自分に何ができるのか、まだ分からないけど。

 それでも、いつか。


 あの人が苦しい時に、助けられるように。

 辛い時に、手を差し伸べられるように。


 私は、強くなりたい。



「……なんて、ね。ほらほら、早く行かないと、馬車行っちゃうかもだよ!」

「あっ、ちょっとエト、走らないで……っ!」

「うぐ、まだ、お腹が――」


 二人の手を引いて、走り出そうとした、その時だった。


 まさにその先から、怒声が聞こえてきたのだ。


「泥棒だ! 馬車の積み荷が、盗まれたぞーッ!!」


 三人は足を止め、顔を見合わせた。


「……馬車の」

「積み荷……?」


 思わず、息が止まる。

 自分たちの荷物も、ほとんどは馬車に置いてあるのだ。


 そして、その中には――


「シロちゃん……っ!!」


 気づけばその足は、声の方へと駆け出していた。

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