第36話 ジャンボカニ祭り②

 一般的に、パーティーは三人もしくは四人構成が理想とされている。

 その主な役割は、『盾役』『回復役』『主力』の三つだ。


 盾役は前衛で敵の攻撃を引きつけ、主力パーティーの攻撃を通しやすくする。必然的に傷を負いやすいので、これを治療し、維持するのが回復役だ。

 なお、主力には剣士のような『近接主力』と、弓使いのような『遠距離主力』の二種類があり、四人構成の場合はこの両方を含むのが最適とされている。


 これまでこのパーティーでは、エトが盾役、リーシャが遠距離主力と回復役を両立するような形で、これらの役割をカバーしていた。

 役割の両立は負荷が大きいが、エトの引きつけて回避するスタイルは傷を負いにくいため、リーシャはその分を攻撃に回すことができていたのだ。


 しかしながら、この形式は攻撃と回復を瞬時に切り替えられなければ成り立たない。予備動作の大きい強力な攻撃魔法は使えず、火力不足に陥りやすいのだ。


 ここにスゥを近接主力として投入しようというのが、今回の試みである。



「さて、どうなるかな……。」


 ロルフは少し離れた位置から、三人の戦い方を観察していた。

 彼女たちがターゲットに選んだのは、一番端にいたやや大き目の個体だ。


 できれば小さい個体を狙いたいところだろうが、複数体を巻き込むデメリットを考えると、端を選ぶのは正しい判断と言える。

 半面、単体で見れば厳しい戦いとなるだろう。



「くうっ……硬い……!」


 エトはダイオウガニの足に的確に攻撃を当てていくが、いつもと違う感触に戸惑っているように見える。


 今回彼女に渡した武器は、鋸刃の双剣だ。

 これは『切る』ことより『削る』ことを目的としたもので、本来の用途とは多少異なるが、硬い甲羅を持つ魔物にも強い嫌悪感を与えることができる。


 そもそもここまで硬い魔物だと、短剣程度の刃渡りでは刃こぼれするだけで、最悪見向きもされない。

 その対応策なのだが、鋸刃は通常の刃より振り抜くのに力がいるため、慣れるまでは思った場所に誘導するのも一苦労だろう。



「エト、もう少し右側に寄せて! スゥは一歩前で待機を!」


 リーシャは二人の時と同様、司令塔として機能しているが、その声色からは焦りと緊張が伺える。


 連携が必要なあらゆる場面において、適切に指示を出すリーダーの存在は必要不可欠だ。

 個々が強いだけでは、パーティーの戦力は足し算にすらならない。


 この点において、視野を広く持ち、冷静に戦況をできるリーシャは適任だが、二人の時と三人の時ではわけが違う。

 出さなければいけない指示、把握しなければいけない配置や動作はそれぞれ倍に増え、自分の立ち回りも含めると、考慮すべき事項は飛躍的に増加する。


 涼しい顔で、とはいかないだろう。



「……っ。」


 スゥに関しては、まだ一度も攻撃をしていない。

 武器を真正面に構えたまま、エトとダイオウガニの動きを注視している状態だ。


 こういうと動けないことに落胆しているようにも聞こえるが、そうではないし、むしろその逆だ。

 スゥの攻撃は連携の最終段階なので、ここでは『指示があるまで攻撃しない』が正しい動きなのだ。


 自分の考えで下手に動くと、必要な時に攻撃体制に移れないばかりか、最悪仲間を攻撃に巻き込むことすらある。

 こうなると、パーティーメンバーは『仲間からの攻撃』を危惧しながら戦う羽目になり、敵への集中が乱され、結果として全体の対応力が落ちてしまう。


 とはいえパーティーで戦う際、自分だけが何もしていないというのは、かなりの精神的負荷になる。

 それに痺れを切らし、勝手に動いてしまう冒険者を何人も見てきた。


 スゥはそれに耐え、仲間を信頼し、指示を待っているのだ。



「うん……悪くないぞ。」


 しばらく戦況を眺めて、ロルフは深く頷いた。


 本人たちにはあえて言っていないが、このダイオウガニというのは、時にBランクのパーティーですら手に余る相手だ。

 結成したばかりのこのパーティーで倒せる確率は、正直、低い。


 だが彼女たちなら、この戦闘を通じて、得られるものが必ずある。

 それは時として、クエスト報酬よりも価値がある。


 それに、既にパーティーとしての動きは成立し始めている。この調子でいけば、夕方までには一匹くらいは――



「ここ……だあっ!」


 ダイオウガニのハサミの一撃を、エトが紙一重で躱す。

 そのハサミはちょうどスゥに対して真横になるように、地面に叩きつけられた。

 すかさず、リーシャが杖を構える。


「よしっ! スゥ、構えて! 『ファイアボルト』っ!」


 スゥの脇をかすめ、リーシャの火球が腕の関節に直撃する。

 その着弾を見る前に、斧を振りかぶりつつ、スゥが前のめりに飛び込んだ。


「待ってましたなのだぁーっ!!」


 振り降ろされた斧が地面に突き刺さり、軽く衝撃が走る。

 それから一呼吸おいて――空中で一回転した――その巨大なハサミは、砂浜の上に、叩きつけられるように落下した。


 ロルフは、目を瞬かせた。



+++



「にゃはー! 大漁なのだー!」


 スゥはハサミを一つ拾い上げ、空に掲げた。


「ふう、さすがに今回は疲れたわね。」

「でも、結構逃がしちゃったね……。よかったのかな?」


 リーシャとエトは、少し気だるそうに、砂浜に座り込んでいる。



 あの後しばらくして、砂浜には、六本のハサミを残すのみとなっていた。

 ダイオウガニ自体はもっといたのだが、次々とハサミを切り落とす三人を見て、恐怖を覚えたのだろうか。無傷の個体も次々と海へ撤退し始め、この状況に至る。


 ロルフはしばらく、その場で腕を組んだまま、硬直していた。

 あまりに予想外な結果に、言葉が出てこなかったのだ。


 カニから逃げる算段は立てていたが、よもやカニ側が逃げようとは。



「ロルフー! このハサミ、どこに運んだらいいのだー?」

「す、スゥちゃん、それは置いておいて、人を呼んだほうがいいんじゃないかな……?!」

「というか、そんなのよく持てるわね……。ハサミが歩いてるみたいだわ……。」


 巨大なハサミを持ったまま駆け寄ってくるスゥと、それを追うように歩いてくる、エトとリーシャ。

 その無邪気な様子に、思わず力が抜ける。


 さてはて、この偉業について、どこから、どう説明すべきだろうな……。



 三人の向こう側、夕日の沈み始めた海を、ロルフは遠い目で見つめた。

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