第147話 年がら年中浮かれているのが大奥という場所



 裏小路で待っていると、ほどなく、姐さんかむりで顔を隠した坂城がやって来た。

 まだるっこしいほど優雅な内股の歩き方に、長年の大奥づとめの痕跡が窺われる。


「お待たせしました。さて何からお話しましょうか。あれから6年になりますから、細かいことを思い出せるかどうか……。嫌なことはさっさと忘れるに限りますから」

 潔く覚悟を決めたらしく、坂城は、さばさばした様子で涼馬夫妻に問うて来る。


「先刻もお話したとおり、あたしらは勝手に絵島さまの件を嗅ぎまわっているだけの勝手連でございます。どこかのお大名や、ましてや御公儀や現在の大奥にはいっさい関係ございませんから、なにを伺っても、決してご迷惑はおかけいたしませぬよ」


 女同士の親密さを滲ませながら、清麿がきっぱりと断言してみせる。

 ねえ、あなた? というように見るので、涼馬も重々しく首肯した。


「さようでございますか、ならば、こちらも勝手をお話させていただきましょうか」

 坂城はさっぱりと小気味よく答えると、あ、その前に一服と、煙草を所望する。


 涼馬も清麿も嗜まぬが、取材の七つ道具として、煙管と刻み煙草は持参していた。

 形のいい小鼻から紫煙を吐き出した坂城は、遠い眼差しで昔の栄華を語り始めた。


「あの頃はあなた、ただいまの境遇とは月とすっぽんの暮らしぶりでございましたよ。年がら年中浮かれているのが大奥というところですから、気持ちがこうね、いつも昂揚しっぱなしで、人生とはお祭りなのだと、世間知らずな小娘は思っておりました」


 他人事のように飄々とした口調に後悔はうかがえぬが、深々とした諦念はある。

 激動の時代の生き字引を見るようで、涼馬の好奇心は刺激されっぱなしだった。


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