第16話 女3人で黒髪をきる儀式をしめやかに……
翌日の未の刻。
身を浄め、白羽二重を纏った小梢は、母の居室で、梅の手に黒髪を委ねていた。
ずしりと重く冷たく、湿り気を帯びた黒髪を束ねた梅は、先刻からしきりに
「お嬢さま、本当によろしいのでございますか。もったいなくて、鋏が入りませぬ」
冗長が苦手な小梢は痺れをきらせた。
「ええい、くどいわ。先刻から何度もよいと申しておろうが! わたくしの髪じゃ。そなたの知ったことではなかろうが!」
いつにない強い叱責口調には、小梢自身の躊躇いや未練、口惜しさも滲んでいる。
その切ない真実を、小梢自身はもちろん、梅も、見守る母も十分に承知していた。
「これは済まぬ。つい乱暴を申した。梅、許せよ」
小梢が率直に詫びると、梅はたちまち涙声になって、
「お嬢さま、お労しゅう存じます。あまりにお健気なので、梅は、つい……」
小梢が生まれる前からの忠義者の思いの丈を、どっとばかりにほとばしらせる。
風が立ったのか、障子の外に、さらさらと粉雪が降りかかる気配がする。
下男の老爺は、口実を設けて朝から遣いに出してある。
静かな屋敷内に、女3人の侘しさが惻々と迫って来た。
心細さを打ち消すように、小梢はひときわ朗らかな声を張り上げた。
「かような重い髪、不要と決まったらいっそすっきりいたしました。考えてみれば、結う手間も洗う手間ももったいのうございます。女子は、まことに損にございます」
彌栄は何も言わず、さみしげに微笑んでいる。
「さあ、梅。一刻も早くやってくれ。かような別嬪が、いかような男前の武士に変身するか、むしろ、楽しみなくらいじゃわ。せいぜい、娘たちを騒がせてみせようぞ」
早くも中性的な小梢の物言いに、梅も母も、揃って弾んだ笑い声を上げてくれた。
「お嬢さまの仰りようったら。たしかに惚れ惚れする男前にはなられましょうが」
「まったくもって小梢の申すことよ。案じた以上に順調に武士になれそうじゃな」
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