第8話 婿取りの話がにわかに現実味を帯びて……



 同日戌の刻。

 小梢は彌栄の枕辺に座っている。

 梅に支えられて上体を起こした母は、病人とは思えぬ凛然たる口調を発した。


「よいか、小梢。これから申すことは、わが家の一大事なるぞ。心して聞くがよい」

「はい。承知いたしました」

 小梢も居住まいを正す。


「嫡男の徹之助が亡きいま、星野家はそなたが継がねばならぬ」

 静まり返った寒い部屋に、ごくんと、小梢ののどが鳴った。


「ついては、早急に、そなたに婿取りをせねばならぬ」


 ――おやおや、早くもご家老に染まられて……。(´ω`*)


 可笑しかったが、むろん、おくびにも出さない。

 そんな小梢に、彌栄は重ねて畳みこんで来た。


「端的に訊ねるが、小梢、そなた、だれか婿の候補になる方は、おありか」

 問われた小梢の胸に、三峰川みぶがわの鮎のように鮮烈な面影が奔った。


 ――清麿殿。


 わたくしが祝言を挙げたい相手は、あの方しかいない。

 幼馴染みの清麿殿なら、病気の母を抱えたわが家の事情もご存知だし、亡き兄上も喜んでくださるだろう……言い訳めいた文言を、小梢は内心で諄々くどくどしく並べ立ててみるが、本心はさにあらず、夫婦になって、恋しい面影をこの手に独占したいのだ。


 あの凄惨な雪の夜以来、わが胸に封じこめていた思いが一気に膨れ上がって来た。


「母上。しばらくお待ちくださいませ。いささか心当たりがございますゆえ……」

「それはよかった。小梢、朗報を待っておるぞ」彌栄は病み疲れた顔を綻ばせた。

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