アルオンナ 

千葉ミノル

プロローグ コノオトコ

「占い師の人達みんな、私の運勢がすごいって言うの」

「駅前で若い男の人に声掛けられたの」

「東京の友人が、私のこと上品で素敵だって褒めてくれるの」

「私のことプロデュースしたいですって」


午前5時、僕の朝は洗濯機を回すことから始まる。

…ああ、その前に寝室の遮光カーテンを閉めることか。

海を見渡せる豪奢なタワーマンションの29階。最高層には2階ぶん足りないが、博多から大阪に上京、専門学校を卒業した僕からしたらとても満足な物件だ。

南東に開けた窓も、購入の決め手だった。

…ここ賃貸に出したら、利回りは……


「眩しいからカーテン閉めて、私もう少し寝ます」


気だるいような、鼻にかかったような

舌足らずな、歳の割に高い声。

妻だ。


日焼けを気にしているのだろう、

エステにも通わないのに、美しい白い肌は彼女の魅力のひとつだ。


…ゆっくり、おやすみ

ひと声かけて、僕は現在、洗面所の冷たい床に裸足でいる。

かわいい妻の脱ぎ捨てた、色とりどりの服や下着を踏まないように気をつけながら。


「外で仕事してる女性はみんな、お手伝いさんを雇っているのよ」

「共働きだから外食は当たり前よね、でも美味しいところがいいわ」

「ミシュランのお店の味を、再現してあげるから梅田のフレンチを予約したの」


年々装飾が華美になる、47歳の妻の爪。

砂糖菓子のような3Dの薔薇かなにかが、一昨日からくっついている。

ふと、故郷の母の指先を思い出した。

僕に似て、小さい手に短く切った丸い爪。

「家事をするのに邪魔やけんね、タケシに傷を付けてもいけんけんね。」


…僕のことを今、名前で呼んでくれるのは

母だけだな。

妻は僕をパパ、と呼ぶ。

僕たち夫婦に子供はいない。

ブリティッシュショートヘアの姉妹を飼っているだけだ。


名前は幸(サチ)と笑(エミ)。


書いたときに、自然と幸せに、笑顔にみんながなれるようにって、

僕が考えたんだ。

妻は自分が名付けたと言っているけど、

彼女のイメージアップに繋がるなら、そんな小さなことどうだっていい。


だって妻は、モデルをしたり、

雑誌に掲載されたり

テレビコメンテーターもする、

みんなの憧れの女性だから。








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