08話.[少し落ち着こう]
「順子、あのとき気づいたことってなに?」
一緒に帰っている最中に聞いてみた。
人間観察をしていて気づいたことなんだからどうあっても対人関係のことなのは分かっているけどさ。
「それはあれですよ、紗絵さんがあなたのことを気にしていると分かったんです」
ま、いまだってこっちの手を握ったまま一緒に歩いているわけなんだからね。
「あー、そういうことだけは表に出すのが得意だからね、そのくせ、基本的には放置なんだから困っちゃうよ」
「ふふ、それでも紗絵さんはいつでもあなたのことを見ていたと思います」
そうかなあ……私が言ったことを守ってくれるのは嬉しいけど逡巡してほしいよねという話。
そう言われていても私を優先しようとする姿勢を見せてくれてからじゃないと、とてもじゃないけど私に興味があるなんて言われても信じることができない。
「ね、順子は本当にそういう感情を抱いてないの?」
「はい、私は見る方が好きですから」
「そっか、教えてくれてありがとね」
途中で彼女と別れて帰路に就く。
さて、この引っ付き虫さんはどうしてくれようか。
いつのも別れ道はもうあと30メートルもないところにある。
そして、当たり前のようにそこを超過し、当たり前のようにまだ歩くつもりのようだった。
「帰らなくていいの?」
「……わたしの家は大内家だから」
「分かった、紗絵のお父さんが帰ってくるまではゆっくりしていきなよ」
どうせ母は1階で動画投稿サイトを見て楽しむだろうからひとりだし。
にしても、まさかとはならないよねこれ。
ずっと彼女は言ってた、そういう主張をしていたから違和感はない。
ただ、最近のことを考えれば無理しているんじゃないかと思ってしまうんだ。
大体、私のどこを気にしているんだろう、鈍くさいところ? それならこれからいくらでも見せることができるけど。
「ただいま」
「お邪魔します」
リビングに顔だけを出して挨拶をし、ご飯のときになったら呼んでほしいと頼んでおく。
いまふたりきりになったらどうなるのか、それがいま1番気になっていることだった。
「和泉っ」
「もう、来てくれれば良かったのに」
「だってさ……行くと甘えちゃうもん」
「別に甘えてくれればいいよ」
「嘘つき、お昼のと真逆のこと言ってるじゃん……」
いやそれはもうそういう意思がないなら自由にしてくれればいいと言いたかっただけであって私に興味があるということなら分かりやすく甘えてくれればいいと思っている。
私が求めているのはいつだって分かりやすさだ、考えに考えてやっとそういうことだったのか! と分かるレベルじゃ困る。
「私が言いたいのは自分に正直になってほしいってこと、甘えたいなら甘えてきて?」
「わたし、本当に甘えたがりだから引くレベルかもよ?」
「中途半端よりよっぽどいい――きゃっ」
こういうベッドに押し倒したりする系は甘えるとは別な気が。
もうそれを越えちゃってるよ、これからいけないことをしようとしている恋人同士みたい。
「そんなに体を擦り付けられても擦り切れてしまうだけなんですが……」
「わたしが帰った後も寂しくならないようにするためだよ」
「逆でしょそれ、私の匂いを帰ってからも味わうためでしょ」
ある意味キスとかよりも変態的でマニアックな感じだ。
そこはもうぶちゅうってやっちゃおうよ、なんで遠回りなことをするのか。
「あと今日のお昼の涙は驚いたよ」
「……だって悲しかったから」
「紗絵が中途半端なことをしなければ一筋と言ってもいいぐらいだったよ」
「嘘つき、過去に雪那を好きになっていたくせに」
いや、綺麗な女の子がずっと優しくしてくれていたら意識するって。
相手にその気がなくてもそう、だからこそもどかしい時間も多かったんだけど。
「泣いていたのはそういうこと? もう気持ちはないの?」
「ないよ」
「じゃ、わたしを選んでくれる?」
「そう言っていたのに紗絵が他の子を優先するからじゃん」
余裕がなかったのは全てそこから影響が出ている。
……甘えてくれるのが嬉しいって思っちゃったんだよ、雪那もしてくれなかったし。
「どっちだよー。他を優先したらちくちく言葉で刺してきてさ、和泉を優先すると他を優先しろって言うし難しすぎる! よくこんな子と小学生の頃から雪那は一緒にいたなー」
「あっ! 酷いよっ」
「分かりにくいのは和泉だからっ」
私は直接言ったんだけどな、しかもかなり大胆に。
それを保留にしたのは彼女だし、その後の選択だって全て彼女がしたことだ。
別に強制はしていないどころか逆に彼女のためを考えて発言してあげたのに。
縛られることなくしたいようにしてくれていいよってね。
「ま、言い合いはやめよう、こんな押し倒し、押し倒された状態ですることじゃない」
「そうだね。はー、和泉に話しかけて良かったと思う自分と、すっごく面倒くさい子を好きになってしまうぞと入学式の日の自分に忠告したくなる自分がいるよ」
「面倒くさいのは紗絵もでしょ、風邪のときに延長でいてあげたのに帰ろうとするとやだって言って聞かないしさ」
「そういえばあのときも雪那が云々とか言い訳をして帰ったよね」
「それは紗絵が雪那のことを気にしていたからでしょっ、来てくれている人より遠く離れた雪那のことを気にするっておかしいでしょうが!」
結局、言い合いのようにしてしまったけどお互いに溜まった不安はぶつけておいた方がいいと思うんだ、関係が変わるのならなおさらのこと。
「落ち着いて」
「ごめん……」
あのときと同じで嫉妬だったんだろうな。
だから投げやりになって終わりでいいとか口にしてしまった。
で、実際に相手が大人しくそれで離れてしまったらひとりで悲しんで被害者面するんだろう。
「とりあえず、横に転んでいい?」
「うん……ごめんね」
「いいって」
少し落ち着こう、いまここで慌てる必要はない。
だって結局彼女は私といることを選択してくれているのだから。
「わたしは和泉の優しいところが好きだよ」
「私は紗絵の甘えてくれるところが好きかな」
基本的に甘える側の人間だったから余計に新鮮に思える。
あれ、じゃあ需要と供給が成り立っているのではないだろうか。
バランスがいいというか、なかなかに悪くない組み合わせだと言えるかもしれない。
「単純と言われるかもしれないけど紗絵が誘ってくれたりする度にちょっとずつ惹かれていたからね」
「わたしは最初の不安を吹き飛ばしてくれたうえに、風邪のときも優しく丁寧に対応してくれた時点で惹かれていたけどね」
「そっか」
もう意味のないことだから嘘だとは言わなかった。
こうしてここにいてくれていることが答えだ、過去のことを口にしても意味はない。
しっかしそう考えるともう3ヶ月目になるんだよなあと、また思って。
「今日はこのまま寝よっか」
「え、家に帰らなくていいの? お父さんは心配するんじゃ……」
そうでなくても大切なひとり娘なんだから家にいなかったらおろおろしそうだ。
あの人は結構怖い見た目なのに凄く優しいからそういうところは容易に想像できる。
「ちゃんと連絡はしておくし大丈夫だよ、お父さんも娘が好きな子といたら嬉しいでしょ」
「でも、相手は女だよ? お父さんの理想とする展開とは違うかもしれない」
「そんなの関係ないよ、わたしは昔から同性が好きで和泉を好きになったというだけなんだからさ。お互いに好き同士なら問題ないよ、え、好きだよね?」
「……好きだよ、だからこそ紗絵のことを考えてお昼はあんなこと言ったんだよ」
行動を縛りたいわけではなかったのだ。
で、離れたいということなら要求を受け入れてあげるのが1番で。
だけど逆に一緒にいたいということなら私はそう言ってくれる限り一緒にいたいと思う。
自由だ、関係は恋人同士に変わったとしてもね。
「すぐに拗ねちゃうかもしれないけどあくまで紗絵のしたいようにしてくれればいいから、行動を縛ったりは依然としてするつもりはないから安心してね」
「積極的に一緒にいたいし、寧ろ一緒にいないと今度は別れようとか言われかねないから従えないかな」
「言わないよ、拗ねる可能性は高いけど」
「うん、それにわたしも甘えたいから、学校でだって和泉に触れていたい」
ま、手を繋ぐ程度であればなんにも問題もないだろう。
矛盾しているけど本当はそういう状態で私を優先してくれるのが1番だった。
そうなればもっと楽しめる、喧嘩に発展する確率だって少なくなるからいいはずだ。
「ただ、冗談みたいな感じで抱きしめるのはいいけど、本気で抱きしめられると多分理性が吹き飛んじゃうから加減してね」
これまでそういう風に求められることがなかったから求めることができなくてよく分かっていないのだ。
これは雪那に会うために隣の県まで行ったときの感覚と似ている、分からないことは不安で怖いから。
「教室でとかはしないから安心してよ」
「うん、だから本気のやつは完全にふたりきりのときだけにしてね、こうして家にいるときみたいにさ」
「分かった、じゃあいまするね」
大丈夫、宣言されてからならドキドキしたりはあんまりしない。
「……今日、涙が出るとは思っていなかったんだ」
「私も泣いているとは思わなかったよ、あと殺されるかと思った」
「するわけないでしょ」
「いや、下りているときに後ろから衝撃があったら誰でもそう思うよ」
少なくとも私が知る限りでは後ろからは彼女しか来られなかったんだから。
私は幽霊さんとかそういうのは信じていないから、うん。
「でも、あの涙のおかげで和泉を引き止められたからいいや」
「実際、効果的だったよ、あの時点で離れないって言っちゃっているしね」
悔しさとかそういうのを感じる必要もない。
私も喜んでおけばいいだろう、こうなるために駆け引きに出たというわけではないけど。
「……ふぁぁ、眠くなってきた、和泉が精神的負担をかけてきたせいで」
「寝なよ、お父さんにちゃんと連絡してあるならこっちは問題ないからさ」
夜中に起きた際に少量の食材は使用させてもらうかもしれないけど迷惑はかけない。
お風呂も夜中に一緒に入ればいいだろう、ふたりで入ればひとり分の費用で済む。
「うん……おやすみ」
「おやすみ」
「好きだよ……」
「私も好きだよ」
少し勇気を出して彼女のおでこにキスをしてから目を閉じた。
なんだかむず痒い感じがすごかったけど、達成感もすごかったのだった。
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