ぼくの執事

樹 星亜

第1話 友と嫉妬とアツい夜

 オレ、秋川和人。15。

 高校一年生にして、世界でも指折りの大財閥、秋川家の現当主。

 13の時に両親が仕事先の海外で死んじまって、全財産を受け継いだ。

 当時、未成年なオレの後見人になって財産をかすめ取ろうとした連中が、随分と派手にやりあったらしい。

 あれから2年。表立った動きは随分減ったけど、未だに命を狙われたり、誘拐されそうになったりってのは、結構良くある。ドラマみたいなことも何回か経験した。

 で、そういうの全部から、オレを護ってくれて、財産の管理もしてくれて、そりゃもう献身的にオレに尽くしてくれてるのが、執事の北村。28。

 何でも、親父の親友の息子だったとかで、オレが物心着く頃には、いつもそばにいたような気がする。

 細面で優しい物腰で頭がキレて腕っ節も結構強い。

 本人がどうしてもって言うから、未だに肩書きは執事のまんまだけど、実は秋川財閥のほぼ全てを取りしきってんのは北村だ。

 両親が死んだ時は、オレよりオレの行く末を案じて泣いてくれたぐらい、オレのことを思ってくれてる。

 ほんとに、優秀で有能な秋川家の執事。

 ……そんなヤツが、実はオレの恋人、だったりする。


 ★


「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」

 午後3時過ぎ。

 学校から帰ってきたオレを、いつもの通り北村が出迎えてくれた。

「ただいま、北村」

 鞄を渡し、靴を脱ぐ。

 玄関まで着いて来てた護衛が離れ、北村の指示でオレの周りから人が遠ざけられる。

 気配が全部遠ざかると、オレは軽くため息をついた。

 いつものことだし、必要なのもわかってるけど、やっぱ他人に四六時中くっついてまわられんのは疲れる。

「今日は何か変わったことはございましたか?」

 鞄を持ったまま訊いてくる北村に軽く首を振って、オレは立ち上がった。

「相変わらず、タルい授業とタルい部活。そんだけ」

「ぼっちゃま、その物言いは秋川家当主として……」

 やれやれ。

 オレよりは年上だけど、まだ28だってのに北村はどっか古めかしい。

 いくら財閥を受け継いだっつったって、取りしきってんのは北村だし、オレは未だ高校生だぜ?

 この年で礼儀正しい言葉遣い、なんて、むしろ気味悪ぃっつーの。

 ため息をついたら、北村の眉根が更に寄った。

「ぼっちゃま……」

「あー、忘れてた」

 そのまま放っておいたら説教が始まりそうだったんで、慌てて遮る。

 僅かに片眉を上げて続きを促す北村に、オレは背伸びして口づけた。

「……」

 ちゅっ、と音を立ててキスをする。

 口惜しいことに、北村は驚いた素振りも見せない。

 そのままキスを受け入れて、黙って立ってやがる。ま、これもいつものことだけど。

「――おかえりのキス、忘れてた」

 そう言ってウィンクすると、北村が苦笑した。

 オレ、この顔、結構好き。

 普段あんまり笑うことがないから、こんなんでも笑顔は貴重。

「おやつは?」

「太りますよ」

「オンナじゃあるまいし、んなの気にしねーよ。それよか何か食いモノ」

「ぼっちゃま……」

「きたむらー。腹減ったー。何かくいもんー」

 重ねて駄々をこねたら、北村がやれやれ、と肩を落とした。

 呆れられたかな?しょーがねーよな。オレ、未だ成長期だもん。

「食堂にケーキがございま……ぼっちゃま!」

 北村が言い終える前に食堂の方へ向かおうとしたら呼び止められた。

「なに?」

「うがいと手洗いが先です」

 ……幼稚園児かよ。


 ★


「ご学友が……ですか?」

 食事が終わって宿題も終わると、オレには更に『執務』ってのが待ってる。

 と言っても、殆どのことは北村がやってくれてるから、オレは内容を聞いて、承認印を押してくだけなんだけど。

 作業自体は短調で退屈。けど、オレはこの時間も結構好きだったりする。

 何しろ、執務室にはオレと北村以外は誰も入って来ない。

 お茶とか全部、執務室に一通り揃ってるから、メイドを呼ぶ必要もない。

 ……つまり、執務時間は二人っきりで居られる貴重な時間、てわけだ。

 もっとも、カタブツの北村は、その時間に別なことをしようなんて考えは毛頭ないらしく――てか、そんなコト言ったら説教されそうだ――、いつも型どおりにハンコ押してるだけなんだけどさ。

 けど、その間、今日あった出来事とか、色々話したりする。

 食事ん時はメイドとかいて、あんま自由に話せないから、この時間が本当の団らんてヤツかもな。

 で、今日も学校でのこととか喋ってて、不意に思い出した。

 クラスメイトの一人で、結構親しく付き合ってるヤツが、一度オレん家に泊まってみたいって言い出して。

 セキュリティ上、いくら友達でも軽々しく家に泊めるのは好ましくないって北村に言われてたから、断ろうと思ったんだけど、どうしてもって言われて断り切れなくてさ。

 それにほら、やっぱアレじゃん。無下に断ると、いかにも金持ちっぽい感じがすんじゃん。

 そーゆーの、良くないよなー。両親が死ぬまでは普通の学生だったしさ。

 何となく、感覚ってーの?いきなり金持ちになったみたいで、居心地悪いんだよな。

 元々、財閥の一人息子だったわけだから、むしろ死ぬまでオレにそれを感じさせなかった両親の偉大さを、今思い知ってるとこだけど。

 でもなー。北村は反対するかなー。

 そう思って、書類の束の影からちらっと顔を盗み見たら、やっぱり北村は難しい顔してた。

「やっぱ……ダメ?」

 それなら、それでも良い。

 オレとしては、北村を困らせるぐらいなら居心地悪いのを我慢するほうがいいし。

 けど、北村は少しして首を振った。

「いえ――かまいません。あまり何もかも拒絶していては、ぼっちゃまの印象も悪くなりますし」

 おーいえー。

 オレの懸念を見事になぞって、北村がOKを出した。

 友達を泊めても良いって言われたことより、その理由がオレとだぶったのが嬉しいかも。

 へへへ。同じ事考えるのって、こそばゆいけど、嬉しいなー。

 にまにましてたら、速攻で北村につっこまれた。

「ぼっちゃま。……さっさと仕事、片付けてください」

 ――ちぇ。色気ねぇやつ。


 ★


「うおー。やっぱすげぇな、お前ん家。想像以上」

「そか?生まれた時からこうだから、良くわかんねーけど」

 翌日。

 約束通り、友達を家に呼んだ。

 考えたら、護衛以外と通学路を歩くのって初めてだったかも。

 あ、車?車はオレ、使わねーの。だって通ってんの、普通の公立だし。

 んなとこに車で乗り付けてみ?それでなくても財閥当主ってんで色々言われてんのに、自分から目立つような真似出来ねーって。

 ま、両親が死んでから、身辺が色々キナ臭くなったもんで、護衛はしょうがなく付けてっけど。

 それだって、それも断ったら、北村が職場放棄してでも付いて来かねなかったからだし。

 恋人困らせたくねぇもんなー。……あぁ、オレって何てケナゲ。

「おい、秋川?」

「あ?あぁ、なに?」

 やべ。思わずトリップしてた。

 振り返ると、興奮したような目にぶつかった。

「なぁ、お前ってさ。ほんっとに金持ちなんだな」

「……なんだよ、それ」

「いや、だってよー。学校じゃ、んな素振りねぇじゃん。ごくフツーのこーこーせー、って感じでさー」

「夏木……その言い方は止めろ。何か自分がえらくバカになった気がする」

「おかえりなさいませ、ぼっちゃま」

 おっと。

 気づいたら、目の前に北村が立ってた。

「あぁ、ただいま、北村」

 背後で『すげー、今時ぼっちゃまかよー。にあわねーっ』とかいうシツレーな呟きが聞こえるのは断然無視。

 いつも通り鞄を渡して靴を脱ぐ。

「夏木さま、ですね。ようこそいらっしゃいました。ぼっちゃまがいつもお世話になっております」

 すいっ、と頭を下げた北村に、夏木はぽかん、と口を開けたまま立ちつくしてた。

 ぷぷぷ。驚け、驚け。

 すげーだろ。綺麗だろ。完璧だろ。

 こんなに時代がかった礼儀作法がハマる超絶美形はそういねーぜ。いいだろ。羨ましいだろ。けど、やんねーもんね。

「夏木様?」

「あ、いや、えーとはい、あの、お、お世話になります」

 夏木は真っ赤になって、早口でそれだけを言うとオレの隣に座り込んだ。

 ぶつぶつと何か……ライバルがどうとか言ってる。

 変なヤツ。

「おい、早く靴脱げよ。オレの部屋行こうぜ」

 さっさと立ち上がって促すと、夏木も慌てて靴を脱いだ。

「きたむらー。あとで何か食い物見繕って持ってきてー」

「……かしこまりました」

 おお、ビバ友達効果。

 いつもなら絶対、眉をひそめてお小言の一つも始める北村が、黙って頷いてるよ。

 ……ちょっと表情がいつもより固いけど、北村も緊張してんのか?

 意外と人見知りなんだなー。

「じゃ、行こうぜ、夏木」

「あ、ああ」

 ん?

 北村のやつ、今一瞬、夏木を睨まなかったか?

 そんな心配することねーって。

 夏木はオレの友達で、危険なことなんてねーんだから。


 ★


「でさー」

「うっそ、ばっかじゃねー?」

「つか、むしろバカだろ」

「だよなー」

 夜12時。

 今日ばっかりは、いつもの執務も免除。

 久しぶりに賑やかな夕食だった。食いながら、あんなに喋ったのはどれくらいぶりだろう。

 両親はオレに良くしてくれたけど、仕事であちこち飛び回ってて、しょっちゅう一緒に食事してたわけじゃないから、相当昔のような気がする。

 別に、寂しかったわけじゃない。オレには北村がいた。

 けど、やっぱ夕食が賑やかなのは、いいもんだよな。

 この日ばかりは、執務が免除で北村と二人になれる時間がなくなっても、あんま気になんなかった。

 夏木と馬鹿話してんのは楽しい。

「お、もう12時じゃん。そろそろ風呂入んねーとな」

「あぁ?まだ12時、の間違いじゃねー?」

「あんま生活サイクル崩したくねーんだよ。体がそれに慣れちまうと、元に戻すのが大変だからな。おら、行くぞ」

「へ?行くぞって?」

「……お前、今までの話聞いてたか?風呂入るぞ、っつってんだろが」

 ため息をついたところで、気が付いた。

 そー言えば、ふつーの一軒家の風呂は、一人用だっけか。

「温泉、なんだけど。うち」

「えぇぇぇぇえ!」

 イヤそんな驚かなくテモ。

 ちょぴっとばっかし広大な敷地を好奇心でほっくり返してみたら、温泉が出ちまったらしーんだよな。オレの何代か前のご先祖様の時代に。

 しかし、その瞬間、ご先祖様は『口惜しや、これが石油ならば!』って叫んだってんだから、つくづくピントずれてるよな、秋川家。つか殴られます。フツーの人に。

「あ、や、別に一人で入りてーんなら、それでも良いんだけど」

 オレもいつも一人だしな。――例外もあるけど、大概は一人だし。

 フツーは一人で入ってるもんだろうから、こういうのは気まずいかもしんねーし。

 そう思ったら、夏木は思いっきり立ち上がって、思いっきり首を振った。

「んなことない!オレも入る!」

 ……はぁ、そうデスか。

「ところで、その風呂って、まさか体洗ってくれる綺麗なおねーちゃんとか……」

「オレはエディ・マーフィーかよ」

「あ、やっぱないの?金持ちん家には漏れなくついてるもんかと」

 誰か、このどあほうに思い知らせてやってください。


 ★


 その頃。

 夏木と一緒に風呂に入って、またしても馬鹿話で盛り上がってたオレは知るよしもなかったんだけど、北村は随分とイライラしていたらしい。

 基本的に、北村がプライベートに戻るのは、オレが寝る寸前の頃だ。

 他のメイドたちと違って、北村は執事である以上にオレの兄代わりでもあったから、部屋は使用人用の棟じゃなく、オレの部屋と同じ本館にある。

 深夜ともなれば、他の使用人は全員、自分たちの棟に戻っちまって、本館にはガードマンと北村とオレだけしかいなくなるんだけど、オレの部屋と北村の部屋があるフロアは、そのガードマンさえ立ち入りを禁止してっから――警備はセキュリティ会社のセンサーが作動してる――、本当に人っ子一人いないって感じだ。

 一応、部屋は防音になってんだけど、それだけひとけが無いと、何となく声が聞こえてくるみたいで。

 部屋で延々馬鹿話を続けるオレたちに、やたら苛ついていたそうだ。

 ――あとから聞いた話だと。

 ついでに、一緒に風呂に入るなんてことになったもんだから、北村のイライラはピークで、普段なら絶対にオレより先には入らない風呂に入って、冷たいシャワーで頭冷やしたりなんかして。

 あ、風呂っつっても、オレと夏木が入ってる温泉とは別。

 オレの部屋にもあるけど、一般家庭にあるような普通の風呂が各部屋にあるから、北村はいつもそっちを使ってる。

 濡れた髪もそのままで、上半身裸でGパンはいて。

 窓辺の椅子に座ってイライラと煙草ふかして――そんな時だった。

 オレが北村の部屋までやって来たのは。


 ★


「んじゃ、おやすみ」

「へっ?」

 風呂から上がってきて、ゲストルームの前でそう言うと、夏木は何とも変な顔をした。

「へ?って?お前の部屋、ここだろ。湯冷めしねーように気ぃつけろよ」

「あぁ、さんきゅ。……って、そうじゃなくて。も、もう寝んの?てか、オレ一人?」

「はぁ?あったり前だろ?なに?お前、一人で寝らんねーの?そのトシで」

 いくらオレでも、一人が怖くて寝られなかったのは、年齢一桁までだぜ?

 そう言ったら、夏木は顔を真っ赤にした。

 ……冗談だっての。反応おもしろいやつ。

「ち、ちげーよ!お前の部屋、広いじゃねーかよ。せっかく遊びに来たんだから、もうちっと一緒に……」

「あー、わり。オレ、寝る時、他人がそばにいると寝らんねーんだわ。基本的に寝付き良い方じゃないし、直前まで喋ってっと、朝キツいの。……んじゃ、そういうことだから」

「あ、お、おい秋か――」

「明日はメイドが起こしにくると思うから、変なカッコで寝ない方がいいぜ。じゃ、おやすみー」

 パタン。

 ちょっと素っ気ないかと思ったんだけど、そろそろ時間が時間だし。

 夏木の部屋のドアを閉めて、オレは自室へ急いで戻った。

 北村……来てるかな。

 ちょっとドキドキして扉を開ける。

 いつもなら、そこに北村がいる筈だった。

 タキシードの襟元をゆるめて、ちょっぴりだらしない感じにして、前髪も何本か額に垂らしてる、見てるだけで鳥肌が立つような北村が。

 目元に微笑みを浮かべて、オレを待ってる筈だった。

 けど……。

「なんだ。――まだ来てないのか」

 遅いな。何してんのかな。

 時間は刻々と過ぎていく。

「遅いな……」

 ベッドの上で膝を抱えてぽつりと呟いた。

 何だか体が寒い。

 湯冷め、したかも。

 それでも、北村は来ない。

 ……なんだよ。なんで来ないんだよ。

 いらいら。

 爪を噛みそうになって、何とか堪えた。

「あぁっ、もー!」

 1時間くらい経って。

 いい加減、我慢出来なくなった。

 勢いのままに、北村の部屋に向かう。

 どんどんどん!

 思いっきりドアを叩いた。

「北村!」

「……ぼっちゃま?」

 中から聞こえてきたのは、当惑したような北村の声、だった。


 ★


 がちゃ。

 扉が開く。

 その向こうに立っていた北村の姿に、一瞬思考が止まった。

 濡れた髪。鎖骨を通って胸を滑り落ちる水滴。

 額に垂れた前髪。下半身にぴったりと張り付くジーンズ。

 立ちこめる煙草の煙。目の前の体から香る、ほのかな香水。

 か、かっこいい……。

 思わずぼけっとしてたら、北村の更に困惑したような声が降ってきた。

「ぼっちゃま?」

「へ?あ、あ、いや、なんでもない」

 こほんと咳払いをひとつして、北村を見上げる。

「その……は、入ってもいいか?」

 うわーうわー。何かコレって夜ばいってやつ?

 自分で思いついた単語に興奮する。

 きゃーいやーえっちー。

 頭の片隅で黄色い悲鳴が聞こえたような気がしたけど、思いっきり無視。

「……夏木様は?」

「夏木?さぁ……寝たんじゃない?」

 部屋の前で別れたの、一時間も前だし。

 そう思いながら言ったら、北村が、えっ、て顔をした。

 お、すげ新鮮。北村の驚いた顔なんて久しぶりに見た。

「ご一緒だったのではないのですか?」

「あぁ、一緒だった。12時に風呂入ったトコまで」

「それからは?」

「ゲストルームに案内して別れた」

「ご一緒に寝なかったのですか?」

「はぁ?なんで?そんなことしたら、北村、来られねーじゃん」

 そう思ったから、速攻別れて部屋に戻ってきたのに。

 一時間も待たせやがって、体冷えちまったじゃん。

 ……あれ?

「もしかして……北村が来なかったのって、オレが夏木と一緒に寝てるって思ってたから?」

「……」

 北村が憮然としてる。

 いや、こりゃ照れ隠しか?

 なんだよ、それならそうと、早く言やーいいのに。

「な……部屋、入っても良いよな?」

 にやけないように必死に我慢して促したら、北村が渋々体をどけた。

 へへ。

「お邪魔しまーす」

 しっかし、色気もなんもねー部屋。

 いかにも『必要最低限』て感じの調度しか置いて無くて、あまりの素っ気なさに苦笑する。

「ぼっちゃま?」

「いや、なんか北村らしー部屋だと思って」

「そうですか?」

「そうなの。……な、北村」

「なんですか?」

「嫉妬した?」

「はっ?」

 あ、固まった。

 今日はよくよく珍しいモノを見る日だ。あ、12時回ったから日付変わってるけど。

「だーかーらー、嫉妬したかって聞いてンの」

 窓辺のテーブルに置かれた灰皿を見れば、いかに北村がイライラしてたかは一目瞭然なんだけど。

 部屋ん中、真っ白じゃん。肺ガンになったらどーすんだよ。

「正直に言えよな?……夏木に、嫉妬した?」

「……しました」

 北村が、ほんっっとに渋々って感じで答えた。

 ばーか。なんでそんなコト思うかなー。

「オレのこと、好きか?」

「はい」

「……ちゃんと言えよ」

「好きです。誰よりも」

 だから……辛かった。

 そう言って、北村がオレを引き寄せた。

 ぎゅっと抱きしめてため息をつく。

「ぼっちゃまは、ご存じなかったのですか?夏木様はぼっちゃまを……」

「ストップ。いい、聞きたくない。あいつがオレをどう思っていようと、オレが北村を一番好きなのは変わんないよ。北村は、そんなこと気にしないで、オレだけを見てればいいんだ」

「……はい」

 更に強く抱きしめられた。

 ……ちょっと苦しいデス。嬉しいけど。

「な、北村?」

「はい?」

「オレがもし、今すぐ、部屋に戻って眠りたいって言ったら――どうする?」

 別に他意があったわけじゃないんだけど。

 ただ何となく思いついて、気づいたら口にしてた。

 北村がそんなこと許すわけないじゃん、と思いながら、答えを待つ。

 と。

 北村は、あっさりと体を――離した。

「きたむ――」

「……しょうがありませんね」

「!」

 な、なんだよ!

 かっ、と頭に血が上った。

 なんだよなんだよなんだよ!

 嫉妬したって、言ったじゃんか!

 なのに、なんだよ、そのあっさりした態度!

 知らない。もー北村なんて知るもんか!

 人をこんなに凍えさせといて……帰る!

 そう思って、くるっと踵を返した。

 途端。

 再び、背後から抱きしめられた。

 そのまま腕を絡め取られて、北村の指先がオレの指に絡まる。

「北村――?」

「誰が帰っても良い、と言いました?」

「え……」

 だ、だって『しょうがない』って……。

 口をぱくぱくさせていると、北村が耳元で囁いた。――低く。甘く。

「無理強いは好みませんが、この際は仕方ありませんね、と言ったんです。……帰すわけ、ないでしょう?」

 そう言って、北村はオレの手を扉へ導いた。

 カチャン。

 北村の指と、オレの指が絡まりながら、扉の鍵をかける。

「明日は頑張って学校へ行ってくださいね」

「……え、エンリョなし?」

「えぇ、もちろん」

 ――カミサマ。

 オレ、成人するまで、体もつんでしょうか……。


「ん……や、きたむ――」

「ぼっちゃま……」

「か、和人……こんな時ぐらい、和人って呼べよ……や、あっ」

「……和人。和人……!」

「あ、ああっ!」


 執事なカレと御曹司なオレの、それはとってもアツい夜の一こま――。

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