第7話 迷い猫をプロデュース⑦ 人間じゃなくても
*
「ううう、うう〜、ひっく……うええ……!」
リビングには瑠依のすすり泣く声が響いていた。
「どおりでおかしいと思っていたら……皮脂やフケではなく、あくまでホコリで汚れていたので、大方ウィッグの類だとは思っていましたが……」
「家にいるときも、学校にいるときも、ずっとその耳を隠していたのか……」
愛理とタケオが見下ろす先には、蹲って子供のように泣きじゃくる瑠依――その頭には彼女の赤い髪の毛と体毛に覆われた猫耳があった。
唐突だが、地球は
二年前、日本国政府が公式に異世界の存在を発表し、交流を宣言したのだ。
有名な日本人ハリウッド女優が、実は異世界人と結婚し、出産のために芸能活動を休止していた過去を暴露し、大変話題になった。
そして現在、異世界からは多種多様な種族が地球へとやってきている。
人類種ヒト種族、魔族種、獣人種、
ヒト種族と
獣人種の中でも猫耳を持つものは最もポピュラーであり、体毛の色などで種族が別れている。例えば獣人種
タケオも愛理も、
とはいえ、まさかこんな近くに異世界人がいるとは思っていなかった……。
瑠依は泣きはらした顔を上げる。
肩からタケオの上着を羽織っただけの彼女の目から、再び大粒の涙が溢れた。
「うわあああん、お願い、お願いだから見なかったことにしてぇ! 私が
「うん?」
「はい?」
タケオと愛理は眉をひそめ顔を見合わせた。
その様子を見て拒絶されたと思ったのだろう、瑠依は「うえええ」とまた泣き始める。
「いやいや、誰かに言いふらしたりはしない。ここだけの秘密にする。だからちょっと泣きやめ」
「ほ、本当……?」
このままでは話が進まないと判断したタケオは、とりあえず瑠依を落ち着かせることにする。
「ああ、本当だ。だからとりあえず事情を話して見ろ。どうしてお前がその、化け猫? ってことになってるんだ?」
「そ、それは…………私が、本当はお祖母ちゃんの子供じゃないからなの……」
再びタケオと愛理は顔を見合わせる。
愛理は床にしゃがみ込む瑠依を立たせると、ソファへ誘導して座らせる。
そして自身も彼女のすぐ隣に腰を下ろし、直ぐ側のティッシュ箱から鼻紙を数枚取ると、それを瑠依へと渡す。瑠依は涙と鼻水に濡れた顔を拭った。
「私はね、お祖母ちゃんが山で見つけた子供なんだって……」
ポツポツと、瑠依は祖母から語られたという話をタケオたちに聞かせた。
今から16年前。祖母が自宅にいると、家の裏の山から赤ん坊の泣き声がした。
おかしいと思って様子を見に行くと、おくるみに包まれた瑠依を見つけたのだという。
生まれて間もない赤ん坊には、頭の天辺にツルンとした猫の耳らしきものがついており、祖母は化け猫の赤ん坊だと思ったという。
「それで今までよく周囲を騙し続けられたな……」
「お祖母ちゃんの家はすごく田舎にあって、近所付き合いもほとんどなかったし、私はお祖母ちゃんの養子ってことになってるから……」
瑠依は子供の頃から祖母に言われ続けていた。
正体がバレたら人間の世界では生きていけない。
だから絶対に誰にもその耳や尻尾を見せてはいけないと。
「尻尾もあるのか!?」
「う、うん」
「さっき脱衣所では見えませんでしたよ?」
愛理が瑠依の背後を覗き込む。
瑠依は恥ずかしそうにしながら、「あるよ、見る?」と僅かに腰を浮かせてお尻を愛理へと向けた。
「……ありました。尾てい骨の真上に、丸くてフサフサした赤いのが。でも短いのでちょうど下着の中にすっぽり隠れるみたいですね」
なるほど。尻尾はどうにか隠せても、この大きな猫耳だけはウィッグを被って、さらにヘアネットなどで押さえつけていないとダメなのか。
「だ、だからお願い、このことは黙ってて。じゃないと私、私……!」
信心深い祖母だったのだろう。
ヒトの世界でヒトならざるものが生きていくためには人間のフリをして生きていくしかないと、おそらく瑠依が物心ついたときから言い聞かせ続けてきたのだ。
その教えのお陰で、瑠依は今まで正体がバレることなく生きてこられた。
小学校のときも、中学校のときも、祖母が死んで、叔母夫婦に引き取られ、東京にやってきてから今日までずっと。
「まあ、お前の事情はわかった」
「本当? わかってくれた?」
「ああ、だからとりあえず風呂に入ってこい」
「えっ!?」
瑠依はビックリして立ち上がっていた。
「なんだ、もしかしてやっぱり風呂嫌いなのか?」
「ううん、そうじゃなくて……てっきり出ていけって言われるかと思ったから」
「何のためにお前をここに連れてきたと思ってるんだ。家で虐待されて、学校でも虐められてるからだろうが……」
瑠依の正体が人間だろうが化け猫だろうが、それらの問題が解決するわけではない。今後も人間のフリをして生きていくならなおさら解決しなければならない事柄だ。
「とりあえず愛理、お前んところのお手伝いさんに頼んで、こいつの家に電話してくれるか?」
「もう手配しています。
「おう、そりゃよかった」
「え? え? ど、どういうこと……?」
首をかしげる瑠依にタケオは「家が金持ちだと色々便利なんだよ」と答え、さらに続けた。
「とりあえずお前は何も心配しないで、さっさと風呂に入ってさっぱりしてこい」
「う、うん……その、タケオくん」
「あ? なんだよ?」
「きょ、今日はありがとう。色々、助けてくれたり、秘密を守ってくれたり……」
「ああ」
タケオが頷くと、瑠依はタケオの上着を羽織ったまま、リビングを出ていった。
すると愛理も「私も少々冷えましたので一緒して参ります」と立ち上がる。
「なあ、愛理。もう一つ頼まれてくれるか?」
「ええ、承知しています。こっちとあっち、両方の線から調べてみます」
「頼む。さて、俺は飯でも作るか」
そう言うとタケオは、エプロンをつけながらキッチンへと向かうのだった。
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