異世界妹たちと始める地球シェアハウス生活

Ginran(銀蘭)

序章

第1話 迷い猫をプロデュース① 邂逅

「っていうかあの子ウザくない?」


「え、あの子って、あの子?」


「他にいないじゃん」


「あー、まあ確かになんか、媚びてきてる感じするよね?」


「ねー、ちょっとねえ、ウザいよねえ?」


 そんな自分に対する悪意ある言葉を聞き、瑠依は足を止めた。

 仲良くしてもらっている女子グループ。

 友人である彼女たちから買い物を頼まれたその帰りのことだった。


 放課後、人気の無くなった校舎を駆け、教室の扉の前まで来たとき、彼女の足は縫い留められたように動けなくなった。


「びっくりするくらい流行とか知らないしー」


「てか今どきスマホ持ってないってありえなくない?」


「ユーチューブもツイッターも知らないって冗談でしょ?」


「つーか、ジュース買うのに何分かかってんだよ、スマホないから呼び出せないじゃん!」


 バンバン、と机を叩く音に、瑠依はビクッと肩を震わせた。


 瑠依は転校生だった。

 祖母が亡くなったあと、叔母に引き取られた。


 田舎の中学から、この豊葦原とよあしはら学院中等部にやってきて、クラスに馴染めずにいた。

 そんなときに初めて声をかけてくれたのが彼女たち三人組だった。


 初めてできた友達が嬉しくて、毎回パシリをさせられることくらいなんでもなかった。でもまさか彼女たちが裏では自分のことを、あんな風に思っていたなんて……。


「ねえ、じゃあなんであの子をうちらのグループに入れたの?」


 核心的な質問だった。瑠依は息を潜めて聞き耳を立てる。


「えー、それはー、なんか担任に頼まれたからー。適当に混ぜてあげれば内申点稼げるかなーとか思って」


「マジで? あー、ならメリットあるかうちらにも」


「あの子とどっか遊びに行くとかはナシだけど、学校にいるときくらいは我慢してやるかあ」


「パシれるし?」


「それな!」


 あはははっ、と三人が一斉に笑う。

 誰もいない教室は、彼女たちの独壇場。

 クラスメイトや担任教師がいる前では、とても話せいないことまでぶっちゃけられる。


 そこに悪意があることも気にせず、実は聞いている者がいることも知らず、誰かをこき下ろすという快楽のまま、暴言を吐き続ける。


「っていうかさ、あの子……臭いよね?」


「わかるっ!」


「私も思ってた!」


 教室のドアの前、立ち尽くす瑠依は「カアアア」っと顔が熱くなるのを自覚した。


「正直あの臭いは勘弁かも」


「そーそー、ちゃんと毎日風呂入ってんのかな?」


「なんか、鶏小屋の臭い? みたいな?」


「鶏小屋入ったことないでしょあんた」


「田舎のおじいちゃんが養鶏してるんだって!」


「なんか獣臭っていうか、近くにいると、たまに鼻摘みたくなるよね」


 ねー、っと女子たちは頷き合う。

 瑠依はそっと、買ってきた飲み物をその場に置き、トボトボと歩き出した。


 ようやく友達ができたと思っていたのに。

 ようやく上手くやっていけそうだと思ったのに。


 でもそれは自分だけの幻想だった。

 声をかけてきてくれたのは先生に言われただけ。


 心の底では私のことをみんな馬鹿にしていた。

 友達だなんて思ってなくて、体の良い使いっぱしりだと思われていた。


 ジワっと目に涙が浮かんでくる。

 溢れないよう、天井を見上げながら歩く。


「……ぐすっ」


 瑠依は赤ん坊のとき両親が死に、祖母の元に引き取られて育てられた。

 その祖母も去年末に亡くなり、東京で暮らす叔母に引き取られた。


 現在の生活は、瑠依にとっては決して良いものとは言えない。

 叔母は瑠依のことを明らかに疎んでおり、嫌っている。


 祖母といたときは田舎暮らしだったが、叔母の元では一転して都会暮らし。

 こちらでの勝手がわからず、クラスメイトたちとの話題にもついていけない。

 いつの間にか孤立し、家でも学校でも、瑠依は一人ぼっちになっていた。


「ううう……お祖母ちゃん……会いたいよう」


 ガチャ、っとドアを開けると、強い風が吹いていた。

 瑠依の足は自然と高いところ――屋上へと向いていた。

 都会の風は瑠依が知るものとは匂いが違った。


 田舎の風は原っぱに生えた青草の匂いがしていた。

 でも都会の風は、埃っぽくて酸っぱい匂いがする。


 だから瑠依はこの街が嫌いだった。

 祖母とともに育ったあの家に帰りたいとずっと思っている。


 でも、自分を引き取るとき、叔母が全て処分してしまった。

 祖母と暮らした家はもうなく、瑠依は冷たい家族が待つ、冷たい家に帰るしかない。


「お祖母ちゃん……」


 気がつけば、屋上のフェンスを乗り越えていた。

 何故なら遠くに薄っすらとお山が見えたからだ。


 ずーっと遠く、霞がかかるほどの向こう。

 青々と茂る緑の山が微かに見えた。


 きっとあれは祖母と暮らしていた田舎の山に違いない。

 あそこに行けば祖母に会える。


 そのためには立ちはだかるフェンスが邪魔だった。

 だから瑠依はためらうことなくフェンスを上り、その向こう側に立っていた。


 足元から風が昇ってくる。

「はあはあ」と自然と息が上がる。


 自分が今何をしているのか。

 今から自分が何をしようとしているのか。


 考えるな。考えたら駄目だ。

 このまま一歩を踏み出せば祖母に会える。

 あのしわくちゃな手で頭を撫でてもらえる。


 だってここは辛いのだ。なにもいいことがないのだ。

 だからお祖母ちゃんの元へ行くのだ――――


「おい、さすがに目の前で飛び降りるのは勘弁してくれよ」


 真後ろから、声がかけられた。

 瑠依はゆるゆると首を巡らせ、背後を振り返った。


「誰……?」


 ボサボサの黒髪で、分厚い眼鏡をかけた少年が立っていた。

 うちの学校の男子用の制服。第一ボタンをラフに開けて、軽く腕まくりなんかしてる。野暮ったいのかワイルドなのかよくわからない格好だった……。


「とりあえずお前、ちょっとこっち来い……悪いことは言わないから。な?」


 若干の焦りを孕んだ少年の声を聞いても、瑠依は「うるさいな、何言ってるの?」としか思わないのだった。

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