ウチの飼い猫が同棲したそうにこちらを窺っている。

あごだし

第1話 飼い猫が――

 飼い猫が死んで、化けて出てくるなんてよく聞くおとぎ話だ。

 そう。あくまでもおとぎ話だ。

 ついこの前までそう思っていた。


 飼い猫が死んで、擬人化して出てくるなんてエロ同人誌によく見る夢物語だ。

 そう。あくまでも夢物語だ。人間の勝手な願望に過ぎない。

 ついさっきまでそう思っていた。


 しかし、今は違う。


 ◇◆◇◆◇


 ――ピーンポーン。


 インターホンが鳴る。

 少し風化したアパートの一室。1K部屋の玄関を開けるとそこには一人の少女がしゃがみこんでいた。

 こちらに気づいたのか、栗色の少しボサついたミディアムヘアーを揺らしながら立ち上がった、くすんだ緑のパーカーの少女は意気揚々とこう言った。


「こんばんは! この前死んだ、飼い猫のテトだよ!」


 テトというのはこの前まで生きていたウチの飼い猫の名前。

 はにかむようにニコリと微笑んだあと、テトを自称する少女はこちらの顔を伺いつつ眉をひそめて言う。


「もしかして……覚えていない?」

「いいや覚えている。覚えているが――ああ、まったく、見ず知らずの大人をからかうもんじゃない……」


 すると少女は頬をぷっくり膨らませ、ムスッとした顔でこちらに詰め寄ってきた。

 たわわに実ったDカップかそれ以上はあるであろう胸が俺の体に接触した。……というより押し付けてきた。

 慌てた俺は、少女の肩を掴んで急いで引き剥がした。


「も、もう夜遅いんだから、早く家に帰りなさい」


 キッチンの上にかけている丸いアナログ時計をチラリと見ながら言う。既に午後11時30分を回っている。

 確か、千葉県の青少年なんちゃら条例で定められていたはずだ。午後11時から翌日の朝4時までは未成年者は外出しないよう努めなければならない。

『努めなければならない』と言ってはいるが、外出して警察に見つかったら十中八九、補導されるだろう。だから事実上の禁止令という訳だ。

 まあ世の中そんなものだろう。

 当然、保護者の委託や承諾なしに未成年者を連れ回す・留める行為も禁止されているわけで、ましてや見知らぬ男性と女子高生なんて以ての外。

 見たところ彼女は女子高せi……いや、割かし中学生の線もあるな。まあとにかく未成年のようだし、それこそ俺の逮捕も待ったなしだろう。

 俺も『23歳無職、オタクで童貞の男、深夜に女子高生を誘拐・監禁!!』なんて週刊誌に載りたくはない。

 いやまあ無職じゃなくてフリーターだけどなっ!

 あと童貞は関係ないっ!……ないっ!……はず。

 載るなら小説家とし――


 ――と、左手に持ったスマホで『千葉県青少年健全育成条例』について調べていたところ、少女の玄関への侵入を許してしまった。

 すかさず体を反転させて身構える。


「お、おい、流石にまずいからっ。今すぐ自分の家に帰りなさい!」


 少し強く言ったつもりだったが――少女は微動だにせずクリっとした目をこちらに向けてくる。

 これが噂に聞く上目遣いというやつかと感心している間もなく少女は呟いた。


「――ない!」

「ないって――おいおい、家出かよ……」

「ううん、家出じゃない。むしろというか、強いて言うならココか、あっちゃんの実家が家なんだけど……」


 人が本当に驚く時は反応にタイムラグあるもので、反応するまでポケーっとしまりのない顔をしているのだ。


「――っ!?!?!?」


 少女の衝撃発言に俺は後ずさるが、すぐに玄関の閉じたドアに当たった。

『あっちゃん』それは俺の実家での呼び名。両親や祖父母のみならず姉妹きょうだいにもそう呼ばれている。本名は小金井こがねい淳史あつし。略してあっちゃんだ。

 こんな恥ずかしい呼び名が外部に流出したことは一度たりともない。あったとしたら家族全員を撲殺して今頃は塀の中にいるだろう。

 ともあれ、それがなぜ初対面の女子高生に知れているのか甚だ疑問に思った。

 いいや、もしかしたら親戚の誰かかもしれない。しかし同年代の親戚ともなれば存在くらいは知っているはずだ。実際、祖父母にも従兄弟が二人いるだけだと言われたのを思い出した。


 となるとこの少女は一体……。


「テトのお気に入りの場所は?」

「あっちゃんのベッド。……厳密に言うとあっちゃんの腕の中!」


 即答だった。

 となるとやはりこの少女は……。

 受け入れ難い現実を見つめるのが嫌になったらしく、俺は深呼吸をした。


「――スゥゥゥ…………ハァァァァァァァァ……」


 それからの頭の切り替えと行動は早かった。


 うん、きっと疲れているんだ。これは幻覚に違いない。死んだ猫が擬人化して家を訪ねてくるなんてライトノベルやエロ同人だけでお腹いっぱいだ。

 しっかり寝なくては。作家は体が資本なのだから。それに明日も仕事だし……。


「ちょっと待ってよぉ……」


 さっきの元気ハツラツとした声とは打って変わって、寂しそうな声が玄関に響いた。しかし――

 幻聴なんてお構い無し。無視だ無視。気にしたら負けだ。

 ということで俺は鍵をかけることも忘れて六畳一間のフローリングを踏みつつ、元のポケットへスマホを入れてベッドへとダイビング。


「Fly high〜♪」


 謎のフレーズを口ずさみながら部屋の照明をリモコンで消し、掛け布団にくるまって深い眠りへと誘われていった。


 眠りに落ちる直前、玄関の鍵の閉まる音が聞こえた気がした。

 幻覚少女も帰宅したのだろうと思い、一言呟いて完全に眠った。


「おやすみ――」


 ◇◆◇◆◇


 ベッドにダイブして数分、淳史のいびきが少し増してきたところで、別の人物がベッドにゴソゴソと潜り込んできた。

 そしてその人物もまた、淳史の腕の中で深い深い眠りへと落ちていった。

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