校長の長話その3

 さて、午前4時くらいに、西帝国軍の主力が猫ヶ原に到着しました。先鋒のルッグの部隊が到着したのは、それより数時間前です。クラ城を出た後、ルッグ自身は単騎で西帝国軍の僚友なかまたちと会って、その後カンタールの親族で西帝国軍最大の戦力を保有していたジュノバの家臣キュイズに、来るべき決戦にあたっての戦略を伝え、狼煙のろしを合図に東帝国軍の背後を突くことを伝え、最後にテモワンとの協議をすませて、部隊と合流しました。

「ルッグさま、お着きになりましたか!!」

「うん、やれることはやってきたよ」

 部下たちの高揚テンションアップした様子に、ルッグは深くうなずきます。


 猫ヶ原は文字通り平地であり、周囲まわりに大きい山もないことから、あまり決戦にふさわしい地であるとは言えませんでした。ルッグも当初は手前にあった城郭群を防衛線にして、東帝国軍の進撃を防ごうと考えていました。しかし、城郭群を守備していた部隊が、なぜか東帝国軍と正面かた戦闘してしまういう大問題アクシデントが発生、城郭群は東帝国軍に占領されてしまいます。つまり、この時点で西帝国軍は守勢に立たされていると言えました。

 しかし、そこは摂政リージェント期を差配したルッグです、少しでも優位に進めるため、猫ヶ原の周りを囲むいわゆる鶴翼かくよくという形で布陣しました。その陣容を見て、後世帝国大学に招かれた共和国のある元軍人が

「これは、西帝国軍の勝ちにニャ」

と、いったと伝わります。


 西帝国軍でもっとも早く布陣したのは、ルッグの盟友であったテモワンでした。彼は当初はワカツ方面で早乙女、神速のミュールら諸将と東帝国軍とにらみ合っていましたが、ことここにいたってルッグからの出馬要請があり、早乙女さおとめはるにあとを託して猫ヶ原で東帝国軍を牽制する役割を担っていたわけです。

 テモワンとルッグの関係は相当親密で、天京院春見討伐の意志を最初につたえたのはテモワンでした。

「春見に最近の動きを見るに、カンタールさまの遺言をむしして、それを侮辱するものだ。討伐せねば」

と、いうルッグに

「愚かにゃ、いま立っては天下騒乱の種だぞ」

と、かえしたものの、結局友情に殉じたのでした。

 テモワンはカンタール政権内で縁の下の力持ちとして重宝されていましたが、病気にかかってしまい、この時期はようやく動けるくらいに回復してました。戦場にいる彼は、目ほほとんど見えず、皮膚はただれていました。家臣に支えられ、しかしほとんど見えない目は力に満ちています。

 ルッグとのあまりの親密さに「」のうわさは絶えませんが、実際は断金の交わりつまりはホモソーシャルではあっても、そういう行為はなかったようです。

 彼は、ルッグに

「キミはえらそうだから、天京院どのに比べて好かれていにゃい。人の上に立つものは、部下や僚友に信頼されなきょいけないけど、キミはダメだ。かわりに小早川どのを盛り立てていくほうがよい」

と、進言して、西帝国軍の枠組みを作ったりもします。ルッグの公的立場は、所詮カンタールあってのものだからです。

 身体も満足に動かせない病身のテモワンでしたが、今の彼は友情のために我が身を捨てる覚悟でした。自分の目では確かめられませんでしたが、周囲の騒然とした雰囲気に、ぞくぞく終結する友軍に、彼は奮い立っていました。


 さて、決戦の地になるであろう猫ヶ原ですが、布陣したときにはきりに包まれていました。

 東帝国軍の先鋒は意気揚々と前進していましたが、いきなり西帝国軍と接触してしまいました。

「敵が、味方か!!!」

 突然の叫びに、両軍からどよめきが起こりました。

 一触即発ピリピリの雰囲気でしたが、幸か不幸かここで戦闘はおこりませんでした。

 そのまま東帝国軍は、春見の周囲を守るように軍隊を配置しました。時間は午前6時。

 当の春見は、リンゴ山に陣取りました。この山はいにしえの大王が旗下の諸将にリンゴを配ったことが、その名前の由来だそうです。

 この地に集った東帝国軍の数は75000。

 強行軍いそいでいて疲れていた西帝国軍と比べると、精気やるきにあふれています。

 それからそらに2時間くらい、両軍はにらみ合ったままでした。

 猫ヶ原一帯は殺気におおわれていきます。


 さて、そのような殺気だち緊張が包む東帝国軍中に、得意満面の顔をしている者がいました。フクロウ男爵の息子であるダインという者です。彼は東帝国軍の先陣の中で、特に春見のためにいろいろな策をめぐらせていました。父であるフクロウ男爵に比べると目立ちませんが、内乱を語るさいに重要な計略に関わっているので、ここで紹介しましょう。

 まず、小早川家中で春見派だった者に

「小早川元隆さまの行動は、ルッグらの画策であることは春見どのも了解しておられます。動かなければ、元隆さまの無罪つみなしと地位を保証します」

と、この条件で密約を結び、次にジュノバに対しては

「これまでの敵対なかの行為わるさは水に流して、戦勝後には相応の利益をあたえましょう」

と、ジュノバに裏切りを約束させました。

 そのほかにもダイン主導でいろいろな工作がなされていますが、それらは今後の戦闘の記述で明らかになっていくでしょう。


 そうこうしている内に、春見の息子で秋忠の弟であるおきあきとその後見役である直弼なおすけという猫が、こっそり動いていました。

 直弼は

「外部の連中にばかり任せては、後にやつらに大きな顔をされてしまうにゃ。わたしたちも行って、味方といっしょにたたかいましょう」

と進言したといいます。

 表面上はともかく、実質は天京院家とルッグを始めとしたカンタール体制との対決です。

『この戦いの火ぶたはわれわれ天京院のものでなかればにゃらない、かならず!』

と、直弼が考えていました。

 選りすぐりに家臣4、50人をつれた一行は、先陣に近づいていきます。

 運命のときは徐々に迫ってきました。

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