トルーアントの遺産その2
ニューラグーン州境にあるbar『ハイミー』。
「だからさ、アメコミ映画ってのは2が至高なんだよ。1も3もクソだ」
「いやいや、シビル・ウォーとか最高にゃないかにゃ」
「はっ?あれはキャプテン・アメリカじゃなくて、プレアベンジャーズだろうが」
と、話していると、彼らの席の反対側に女連れの男が座った。
「あ、
「修太よ、それは違うぜ。ナンバリングされてる以上は、シビル・ウォーはキャプテン・アメリカだ」
「はあ」
「まあ、それはともかくだ」
始がウンザリした風に、話を変える。
「俺をワザワザ呼び出したわけは、なんだ?」
「あ、ええ、はい」
と、修太は、軽く言いよどみながら説明する。
「ええと、始さんが捜せと言われた、例のブツなんですが、色々ホウボウを捜したわけです」
「ホントに骨が折れましたにゃ。ウンザリするほど時間もかかってしまいましたにゃ」
「で、とにかくなんだかんだで調べていくと、どうやら始さんの話していた例のヤツは、どうやらタイラー村にあるそうなんです」
「ほう」
「正確には、猫目湖畔にあるそうなんですが、一番近いポイントが、タイラー村ということです」
修太たちに説明された始は、女に持たせていたカバンの中から、ライト上のモノを取り出した。
「それはなんですにゃ?」
「おう、これはな、もしジャマが入ったときに、これを使えば役に立つってやつだ」
「へえ」
「まあ、使わないに越したことはないがな」
と、始はニャリと笑った。
その邪悪な笑みは、修太とラッキーたちを戦慄させるにたる笑いであった。
「わ、わっかりました」
「それじゃあ、クソほどかかった時間を帳消しにしてこい」
「はあ」
「……今すぐいけってことだ」
「は、はい!!」
修太たちはあわてて席から立ちあがると、始はウンザリしたといった感じで首をふった。
「ったく、バカはバカらしく、俺の言うこと聞いてろったはなしだよな」
と、となりの女に言うと、女はアイマイな表情で
「ええ、そうねえ」
と、返した。
猫目湖畔。
蒸気馬車がプスン、キキィと音をたてて止まった。
「ここにくるまでに、にゃんであんな雑音をききつづけにゃあかんにゃか?」
と、年上の長いコートにスーツを着ている猫が、ウンザリした顔で言う。
「知らないんですか?最近流行りのEDMってやつですよ」
フレームのない眼鏡をかけた若い女性刑事がイタズラっぽい表情で返す。
彼らが来たのに気づいたのか、二つの影が近づいてきた。
「ニューラグーンから来た方ですかにゃ?
私は連合警察タイラー村支所のトルーマンですにゃ。こちらは……」
「町医者の
と、1匹の黒猫とひょろ長い眼鏡の人間が、自己紹介した。
連合警察とは、所謂『大戦期』後に、大陸の治安を守るために出来た組織で、大小様々な事件を包括的に対処(国を越えた捜査や治安維持)するのが、その役目である。
「どうも、俺はニューラグーン署捜査一課三係のバークでこちらは……」
「
「だそうにゃ」
千尋の元気にウンザリした風のバークは、改めて尋ねた。
「それで、どういう事件だにゃ?」
「はい、釣りをしていた船が、首だけになった耳つきの娘を見つけたそうですにゃ。被害者の名前は『ミッチ』。通称はミーちゃんですにゃ」
「ふむふむ」
「荒木くんさあ」
「いやあ、千尋って呼んでくださいよ」
「……千尋さ、そういう聞いてない相づちはダメにゃよ」
「はぁい」
「……話を続けにゃす」
と、トルーマンはばつの悪そうに言う。
「猫目湖で釣りをしていた連中が、まあ猫目湖はブラックバスやらにゃにやら色々いますから釣り師も来るんですにゃ、でその連中が魚の代わりに、ミッチの首を釣り上げたんですにゃ。
あとは、山県さん」
「はいな」
と、状況説明をする係を代わって引き受けた山県は、死体の
「釣糸が、たまたまブローチに引っ掛かってたんですな、首だけでも生前の綺麗さを保ってますよ。見ますか?」
「はい」
「ええ」
そうして、彼らは証拠採集用の箱に入れられたミッチの首を見る。
「ふむ、ホントに綺麗ですねえ」
「ああ、ある程度湖の中にいたとは、思えないな。それで死因は?」
「首を切られたことによる失血死でしょうね、多分」
「あ、バークさん、これみてくださいよ」
「うん、なんだ?」
「口の中に何か入ってますよ」
千尋が指差した先には、確かに何か紙のようなモノが口から出ていた。
「ホントだ。山県さん、アレ取れます?」
「はいな、どれどれ……」
ピンセットで、その紙を取り出すと、それは片面だけ真っ黒に塗りつぶされていた。
「なんなんすかね、これ?」
「さあな、なにか事件のヒントでもあればいいが」
千尋とバークは、突如として出てきた意味深な紙片を見て、首をかしげた。
「ところで、これ、どうするんですにゃ?」
「ああ、山県さん、これ詳しく調べるから、保管しておいてくれない?」
「はいな、わかりましたよ」
山県は、その紙片を、ピンセットで取り上げると、証拠採集用の袋の中に入れた。
「さあて、後は支所に帰ってからの話だ。ほら、いくぞ」
「「はあい」」
「山県さんとハモるな」
そんなやり取りを見ながら、トルーマンは軽く首を横に振った。
藤谷健介が、ホテル猫目亭に来たのは、ミッチの騒ぎの渦中であった。
「それにしても、ジニィちゃんだっけ?は可愛いなあ」
「いやん、おせじはいらないにゃよ」
「いやいや、本心だよ」
「はいはい、藤谷健介さんにゃね。ようこそホテル猫耳亭に」
と、ジニィはマンザラでもない風に、宿泊用の台帳に健介の名前を書いた。
「ははは、じゃあまたね!」
と、軽く手を振ると、健介は部屋に向かった。
「それにしても、こんな田舎町にしては、豪勢な建物だなあ」
健介がそんな呟きをするのも無理はなく、ホテル猫目亭はこの手の田舎に付き物の古びた旅館風ではなく、それこそハリウッド映画で良くみるだだっ広い廊下、その両端に部屋が割り振られているという風な、確かにそれこそ『ホテル』といった感じの建物である。
健介はなんだか、廊下が無限に続くような気がしてならなかった。
グルルルルッ
「あ、やべ、急に腹が。取り合えず部屋の前にトイレだな」
……数分後。
「ふう、スッキリした」
と、用をたした健介は、ふともう1つあった大用のトイレを見てみた。
「わあ!」
そこには、便座に頭から突っ込んでいる小柄な人影があった。
さて、その人影、つまりはプルミエールは何を見ているのだろう。
それは、ぷかりぷかりと浮かんでいる、首のない少女の胴体であった。
湖の底のように、真っ青な水の中を、ぷかりぷかりと、投げ捨てられていたエロ本や、魚、木片と一緒に浮かんでいた、その胴体は、やがてプルミエールに向かって、指差すように手をかざす。
「おい、君、なにやってるんだい!」
プルミエールを便座から引き剥がした健介は、ポカンとしてる風にみえるプルミエールの顔をペシペシ叩いた。
「まったく、便座に顔を突っ込むなんて、ゲロ吐いてるうちに、気を失っとしまったとか、そんなかい?」
と、健介はプルミエールに問いかけるが、当のプルミエールは首を降るだけ。
「うん、喋れないの?」
「……いや」
「なんだ、喋れるじゃないか」
健介は、ホッとした調子で話を続ける。
「それで、親とかはいるのかい?」
プルミエールは、首を横に振る。
「じゃあ、ひとりぼっちで、このホテルに泊まってるの?」
プルミエールは、首を縦に振る。
「そうか……。じゃあ、旅は道連れとかいう言葉もあることだし、俺の部屋までの荷物運び、手伝ってくれよ」
プルミエールは首を縦に振る。
「お、ありがとう。ところで、君の名前は?」
「……プルミエール」
「そうか、俺は藤谷健介っていうんだ」
こうして、健介は自分がいる世界とは別の世界の案内人と出会った。
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