第7話 灼熱の飛翔 ~ワイバーンの覚醒~

 アルドたちの周囲を包んでいた青い光はゆっくりと和らいで行き、靄の先にはぼんやり何かが見えてきた。

――あれは? ――人影?

 そうアルドが思った瞬間、光は一気に消え去って、アルドたちは3人は中空に投げ出された。ドサリという音と共に地面に落下したアルドが、ゆっくりと視線を上げると、そこは先ほど青い光に飛び込んだ場所で、周囲を20人ほどの男たちに囲まれていた。

 アルドが『ここは2000年前なのか?』と思うが早いか、「お前ら何者だ?! どこから入って来た?!」鋭く問いただす声がした。そして同時に何本もの手が伸びてきた。「こいつら、武器を持っているぞ」という声――、続いて「取り押さえろ」という声――

 あっというまにアルドは、身に着けていたおよそ武器らしいものは全て奪われてしまった。剣も、あの鞘から抜くことのできないオーガベインも。

 フィーネは――

 アルドが首を振ると、フィーネは必死に抵抗を試みていたが、やはり男性5人がかりに体の自由を奪われると力及ばすで、右手からは杖がもぎ取られてしまった。

 クスターは――、と見ると――

「こいつ、大量のナイフを隠していやがる」という声と共に、マントがはぎとられた。そして左肩から袈裟懸けになった、あの書類鞄が露わになった。


「こっ、これは!」

 クスターを取り押さえた男たちは、ひときわ大きな声を出した。

 すぐに集団のリーダーと思われる男が飛んでくると、クスターの前に立って尋問を始めた。

「お前、この鞄をどこで盗んできた?」

「それは私のものだ。どこから盗んだものでもない」

「嘘をつけ、この特製の鞄に張られている皮は太古の翼竜プテラノドン――、しかも寒冷地の氷河からしかとれない上物だ」

 リーダーの男は、クスターの持つ鞄には、ある重要な書類――つまり債券――が収められて、一月前にドラーク王国に送られたものだと言った。所有が許されるのは受取人であるドラーク王と直系の王族、送り主のエグノーリア王とその直系の王族のみ。それ以外の者以外は手に、持つことさえも許されていないということも。

 リーダーは更に「要するにこの鞄を持っていること自体が、お前たちが盗人だということを証明したみたいなもんだ」と畳みかけ、「こいつらを牢に入れろ!」と大声を上げた。

「待ってくれ!」

 クスターは叫んだ。「私はこの鞄を開けることができる。それがどういうことを意味するか分かるだろう!」

 リーダーは「開けられるだと?!」とクスターに訊いた。鞄のダイヤルは合計12桁。しかも数字だけでなく絵図も含まれている。組み合わせは正に天文学的なものだ。もしも本当に開けることができれば、その人物――つまりクスター――は王族ということであり、ここにいる皆が顔を知らないということは、自動的にドラーク王国から来たということになる。

「よかろう、開けてみろ」とリーダーは言った。そしてクスターに顔を近づけ、「もしも開かなければ、この場で貴様の首を跳ねる!」と腰から剣を抜いた。


 クスターは鞄を受け取ると、端からダイアルを回していった。6桁を合わせたところで『カチリ!』とロックが解ける音がし、更に6桁を合わせるとまた『カチリ!』と音がした。

「どうだ?!」とクスターが声を上げると、リーダーは「無礼をお許しください」と言って剣を置き、右膝を折って床につけた。他の男たちもリーダーに従った。

「どのようなご用向きで当地にお出でになられたのでしょうか? ドラークの高貴な方よ」リーダーの口調は、先程までと真逆に変わった。

「エグノーリア王に謁見したい。大至急に!」

 リーダーはクスターの言葉に弾けるように「ハッ!」と声を上げ、「こちらへ」と腰を低くしながらクスターを先導した。アルドとフィーナが後に続くこうとすると、別の男が「随行のお二人はこちらでしばしお待ちを」と言って、小さな別室に導いた。アルドたちが部屋に入ると、『ガタン』と外からかんぬきが架かる音が聞こえた。

「どうやら俺たちは、まだ信用されてないみたいだな」

 アルドが不満げに言った。


  ※


 クスターが戻ってきたのは2時間ほど経ってからだった。

「どうでした?」とアルドが訊ねると、クスターは「本当に我々は、2000年前に来ていました」と、興奮した口調で答えた。そして「なんとあの債券に刷られた肖像画は、エグノーリア王でしたよ」とも。

 クスターはたった今見てきたばかりのことを、アルドに語った。

 長い階段を上がりって小さな出口を出ると、そこは立派な城の中だったとクスターは言った。崩れる前のエグノーリア城に来たのだった。更に長い階段を上がって城の上層部行くと王の謁見の間――

 王に債券を持っている理由を尋ねられたクスターは、迷った末に、自分は未来からやって来たのだと率直に伝えたという。そして未来のドラーク状況を伝え、債券と引き換えにワイバーンを、1体だけで構わないので返して欲しいということも。

「王は何と答えました?」

「返すことはやぶさかでないが、今は駄目だと――」

 クスターは王から聞かされた話を、かいつまんでアルドに伝えた。

――今の時点は、エグノーリアとチザルナはまだ戦の最中。エグノーリアはチザルナに攻め込まれて、劣勢の状態である。戦況を好転させるべく、100を超えるワイバーンをドラークから招聘したが、まだ戦力になってない。何故ならば、エグノーリアの兵士たちはワイバーンの扱いに未熟で、戦場には投入できるレベルに達しないからだ。


「そして王は『現在の状況を説明させる』と言って、将軍のナザレフを部屋に呼びました。――そう、これからドラークとの約束を反古にしてしまうことになる、あの男です。ナザレフは『エグノーリア城はこのままでは陥落してしまう』と言って地図を広げました。エグノーリア城は崖の方角を除いて、既にチザルナの魔獣軍にぐるりと包囲されていました。

 ナザレフが言うには、エキドナという魔物が、数えきれないほどのハーピーを引き連れているとのこと。どちらも翼を持っていて、矢を放っても上空までは届かず、人を喰うために地面に下りた時だけしか戦えないのだそうです。

 ナザレフの考えでは、王族と高位の家臣だけを、崖に作った秘密のルート脱出させ、その後は全滅を覚悟で総力戦に打って出る計画だとのこと。

 私は崖の方角を開けてあるのは、きっとチザルナが仕掛けた罠だと進言しました」

「王やナザレフは何と?」

「王は自分だけが逃げるつもりはないと言って、私にある提案をしてきました」

「提案? どんな?」

「ワイバーンを指揮をしてくれないかと――。そして戦に勝利した暁にはあの債券と引き換えることなく、褒美としてワイバーン1体を授けると」

「それで合点がいきましたね」

 アルドは確信した。やはり『伝説の旅人』は自分たちのことで、はじめから2000年前のこの時代にやってきて、戦う運命にあったのだと。

 王の提案を引き受けたのかと訊くと、クスターは「もちろん」と答えた。クスターは夢の中で何度もワイバーンに乗って空を飛んだ。だから自分には出来るのだと言った。


 閉じ込められていた部屋から出されたアルドたちには、奪われていた武器が戻された。そしてリーダーに先導されて、地上への階段を上っていった。

 城の最下層には王が待っていて、「頼むぞ」とアルドたちに声を掛けた。そしてアルドたちは大門をくぐって城の中庭に出た。そこには1体のワイバーンが太い鎖でつながれていた。

 ワイバーンは見るからに殺気だち、鱗が鋭く逆立って、その鱗の隙間からはドロドロとした溶岩のような地肌が見えた。そしてそこから放射される高熱は、周囲の空気がゆらゆらと揺らめかせた。間近で見ると鎖の太さは人間の腕ほどもあり、ワイバーンに繋がっている部分は赤熱していたが、熱を逃がす羽が幾重にも付いていることで、辛うじて溶け落ちないでいた。


 クスターがワイバーンの側に歩み寄り、目を閉じて何かを念じ始めた。

……しばしの沈黙。

 そしてワイバーンの目からは怒りの色が消えて、逆立った鱗は静かに閉じていった。クスターとワイバーンの間で、何かが交信された結果だった。

「どんな話をワイバーンと?」

 アルドが訊いた。

「ワイバーンはこう言いました。『ドラークの王の願いでこの地までは来た。しかしこの地の人間に従うつもりはない』と。私はこう答えました。『私はドラーク王の血を引くもの。ドラークから来た。怒りを鎮めよ。必ずお前たちを自由にしドラークに連れ帰る』と――」

 しばらくすると、赤熱していた鎖はいつの間にか元の黒い色に戻った。エグノーリアの兵達はこの隙にと、急いでワイバーンの背に鞍を取り付け始めた。それは元々ドラークから運び込まれていたもので、急ごしらえで手を加え、3人が乗れるようにしてあった。ドラークがエグノーリア王に謁見した際に、作ってくれるように頼んでおいたものだった。


 クスターが近寄ると、ワイバーンは身を低くして地面に伏せた。クスターを信頼し、背中に乗れと言っているようだった。クスターはワイバーンの体によじ登ると、先頭の鞍に腰を下ろした。アルドとフィーネもその後に続いた。

 ワイバーンの首に掛けられていた鎖が外されると、ゆっくりとワイバーンは身を起こした。そしてワイバーンは左右の翼を大きく振り上げると、一気にそれを振り下ろした。

 周囲に旋風が起きて、近くにいた兵士が飛ばされていった。同時にワイバーンは後ろ足で地面を蹴り、巨体が宙に浮かんだ。

「さあ、行こうか!」

 クスターが声を上げた。

「よし、行こう」

 アルドとフィーネが応えた。

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