195 魔法のちから

「わぁ…きれいですね。」



長年放置されていた影響で、自然は本来のかたちを取り戻しつつあった。道案内の標識ひょうしきという人工物はち果て、むしたこけに覆われている。どこか神秘的な空間がそこに広がっていた。



「懐かしいな…昔、ここで遊んだんですよ。何度かおぼれかけましてね。父に助けられたのを覚えています。」


「そうでし…あっ!マサトくん?」



ミイナちゃんの視線の先、泉のふちに座り込んでいる少年がひとり。ズボンが濡れて変色しているが、間違いない。くだんの少年だ。



「大丈夫ですか…お怪我けがはありませんか?」



優しい声で近づくミイナちゃん。



「お姉ちゃん…?お姉ちゃん!来ちゃだめだ!」


「え…?」



―――ザバァァァァッ



「ミイナさん、さがって!」



僕の声をかきけさんばかりの轟音ごうおん、どす黒いもやをまとう存在が泉の底から姿をあらわした。ここに誰も立ち入らなくなった理由、それがこいつだ。



「泉の魔女か…。」


『…。』


「ミイナさん、一旦さがってください。ここは僕が。」


「は、はい。」


『…。』



無言のままつえを振るう魔女。もやが集結し、まがまがしい球体が形成されていく。



「させるかっ!詠唱解除の剣ディプライド・マジックっ!」



杖を狙う一撃。対魔法戦でもっとも重要となる攻撃を放つ。魔法にあこがれる僕、対策の対策を考えるべく、幾度いくどとなく書を開いた。鍛錬たんれんの成果、ご覧にいれよう。



『…。』



空をける斬撃ざんげきが、すんでのところで霧散むさんする。



「くっ…防御魔法か…ならば!」



大きく右に回り込み、冒険者の身体能力にまかせて飛び上がる。遠距離がだめなら力押しだ。防御魔法ごと、叩ききるまで。



―――しかし…。



空中にいるときは、格好の的。軌道きどう修正は不可能、まがまがしい球体はさらにサイズを増し、周囲からは小さな魔法弾が大量に飛散する。もちろん、それはわかっている。わかっていて、俺は飛び上がった。



「くっ…ミイナさん!この隙にっ!」


「はいっ!…マサトくん、こっちへ。」



守るべきものを守る。そのためにはこれしかない。振り向かんとする魔女に、僕は迫りくる魔法弾を無視した一撃を放つ。



豪斬ごうざん一太刀ひとたちっ!」



まがまがしい球体をとらえ、そのまま力で押し込む。ミイナちゃんと少年が林道に退避したのを確認し、さらに力をこめる。



―――くっ…。



大剣のきしむ音が伝わる。やはり1対1は厳しかったか。



「強化魔法っ!」



限界をさとっていた身体に、常識を超えた力が流れ込む。これは。



「ミイナさん!…うぉぉぉっ!」



本職の魔法使いには程遠い、それでも、俺にとっては最高の力が届いた。



片思いの力ディタミネイションっ!」


『…。』



魔女は最期さいごまで無言だった。光の粒子となり、泉には十数年ぶりの平和が訪れた。







「マサトくん!マサトくんっ!」



助け出したのもつかの間、少年が意識を失ってしまった。外傷はないようにも見えるが、僕は素人。急いで運ぶべきかもしれないが、移動させない方が良い場合もある。幸い、ミイナちゃんは強かった。いつまでも子どもだと思っていた、僕が間違っていたようだ。



「ミイナさん、すぐにお医者さんを呼んできます!ここで待っていてください!」


「…はい。」



不安な表情を残すつらさと草木をおしのけて、町まで駆ける。冒険者の全力ならば、数分とかからないはずだ。急げ。ってでもたどり着くんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る