第九章 脅威が迫っていた件。

090 見えなくなった証拠

魔法学部まほうがくぶひらかれて1週間、怒涛どとうの勢いで日々が過ぎていった。ほとんどオリエンテーション的な内容だったので、来週からが本格的な魔法学の講義こうぎになる。



「ほへー…つかれた…。」



午後の講義が終われば、明日は休み。エリさんと一緒いっしょにいられる。



「コーウタさんっ!」



「あれ?エリさん!何かあったんですか?」



エリさんがこの研究室にやってくるのは、初めてのことだ。何か事件があったのかと不安ふあんになる。



「忘れものですよー。」



エリさんが、特製とくせいのお弁当が入った袋を持っている。



「あ!ごめんなさい。ありがとうございます…。」



「いいんですよ。コウタさんのかっこいい姿、いっぱい見れましたし…。」



どうやら講義をのぞかれていたらしい。それはさておき、お弁当忘れないようにしないと。せっかく作ってもらったのに、申し訳ない。





「では、これで午後の講義を終わります。来週から実際につえを使った演習えんしゅうが始まりますので、お楽しみにー!」



学生から歓喜かんきの声があがった。魔法を初めて使ったときのことを思い出す。



―――俺もすっごいうれしかったもんなー。



「あの…先生。」



講義室を出ようとすると、学生の1人から声をかけられた。何か質問だろうか。



「どうしました?」



「実は…親友しんゆうのユイがいなくなってしまって…。」



女性は今にも泣き出しそうな表情だ。ひとまず事情をくわしく聞く。場合によっては、学校として対処たいしょにのりださなければならない。



「えっと…ミホさん…でしたよね。詳しい事情を聞かせてもらっても良いですか?」



「はい…。昨日の夕方のことなんですが…。」



ミホさんの話をまとめると、事件に巻き込まれた可能性を否定できないものだった。


夕方、2人はユイさんたく前で別れた。そして翌朝、いつまでも待ち合わせ場所に来ないユイさんが心配になり、ミホさんはユイさん宅をたずねたそうだ。



「しかし、誰もいなかったと…。」



「はい。ユイはとっても真面目で、絶対にその日の講義内容をまとめなおすんです。そのまとめが書きかけで放置ほうちされていて…。鍵もかかってなかったし…絶対おかしいと思うんです。」



ミホさんはすぐギルドに相談そうだんし、既に捜索そうさくが始まっているそうだ。



「とても心配だけど…。」



ギルドの捜索が始まっている以上、俺にできることはほとんどない。



「それで、先生にこれを見ていただきたいんです。ギルドの人に伝えたんですけど…とりあってもらえなくて…。」



ミホさんの手には、何の変哲へんてつもない紙が1枚。



「これは…?」



「私がユイの部屋に入ったとき、ここに文字が書かれていたんです。遠かったので、何が書いてあるかまではわからなかったんですけど…。」



しかし、白紙だ。何か書かれていたような痕跡こんせきもない。



「もしかして…魔法で何か書かれていて…それで呼び出されたんじゃないかって…。」



なるほど。科学的に説明がつかなくても、この世界には魔法がある。



「わかりました、すぐに調べてみます。…あの、心配される気持ちはいたいほどわかりますけど…。」



「ありがとうございます。…わかってます。無茶むちゃなことはしません。」



ミホさんは頭を下げて、講義室を後にした。

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