006 命の大切さ

―――魔法が…弱い…。


 心情のシーソーに精神がやられかけている…危険だ。


 俺は異世界にやってきた。

 やってきたというか、勝手に転移させられた。

 ただ布団にくるまっていただけなのに…。


―――それなのに…チートが…。


 ない。


 攻撃力や防御力は赤ちゃんクラス…いや、赤ちゃんよりも弱いらしい。

 唯一チートの可能性が残されていた魔法。

 その魔法が…廃れている。しかも弱いという理由で。


「…。」


 言葉が出てこない。

 冒険者になる以外に、異世界を生き抜くすべを知らない。

 学校でそんなこと教えてくれなかった。

 知り合いがいるわけでもないし、頼るあてもない。

 まあ、ウッドさんがいるけれど、親切心に甘え続けるわけにもいかない。


 俺は必死に心をたてなおす。


「冒険者になるしかないんです…お願いします!」

「いや…うーん…。」


 恥とかそういう概念は捨て去った。

 生きていくために、俺は懇願こんがんする。

 ギルドマスターは困惑の表情を浮かべたが、規定上断れないとのことで…渋々ながらも了承してくれた。


「…登録はするが…できれば採取依頼を中心に受けてもらいたい。あ、もちろん強制ではないし、そんな制限をつけることもできないんだが…。安全のためにはそれが良いと思う。」


 そのお気遣いは大変にありがたい。

 チートの可能性が限りなく薄くなり、絶望感に襲われているが…採取依頼でのんびり暮らすというのもありな気がする。


 よく考えてみれば、異世界に来たかったわけではないのだ。

 現実世界へ帰還する方法も考えなければならない。

 帰れる保証はないのだけれど。


―――そうだ…死なないことが大切だよな。


 いつにも増して命の大切さを痛感している。


「わかりました。採取依頼専門でかんばります。」

「うん、そうしてくれるとありがたいよ。仲間が命を落とすところなんて、見たくないからな。」


 その意見には全面的に賛同する。





 その後、事務手続きが終了し、無事に冒険者証が発行された。


―――コウタ…魔法使い。


 少しずつ平静を取り戻した俺。

 冒険者証…という存在に、心がゆっくりと踊り出す。


 この世界では計測器で測定された能力により職業が決まるらしく、俺の冒険者証には「魔法使い」と記載されていた。

 後から好きなものに変更できるらしいが、「世界唯一の魔法使い」と言われたため…微妙に気に入っている。


―――よし、とりあえず採取依頼を…やっぱり薬草とかかな…?


 初心者向けの採取依頼、アニメ的に定番は薬草採取だと思う。

 教えてもらったとおりに掲示板で探していると、「薬草採取」というそのまんまの依頼があった。

 受諾回数に制限はなく、買取数にも制限はない。

 安定した一定の収入が見込める…どうやら生計をたてることはできそうだ。


―――よかった…生きていける。


 まさか異世界に飛ばされて、生活の心配からスタートすることになるとは。

 どうやらアニメのようにとんとん拍子…とはいかないらしい。


「…あの、すみません…。」


 依頼票をとろうとしたとき、後ろから声をかけられた。

 突っ立ったまま依頼票を熟読していた俺。

 明らかに邪魔していたことに気づき、反射的に謝る。


「あっ、すみません…邪魔でしたよね…。」

「そういうわけでは…あの、少しお話よろしいですか?」


 顔を上げると、そこには…歳は同じくらいで黒に近い茶髪のショートカット、かわいらしい雰囲気の女性だった。

 超美人、かわいすぎる。

 俺のタイプど真ん中ストライク。

 心拍数が跳ね上がる。


「は、はい。僕にですか?」


 普段「僕」なんて一人称いちいんしょうは滅多に使わないのだが、なぜか姿をあらわしてきた。

 緊張感というのは不思議なものだ。


「先ほどのお話を聞いてしまいまして、その、登録されるときの。」


 どうやら攻撃力と防御力が1であるくだりから…全て聞かれてしまっていたようだ。

 しかもこんなの女性に…恥ずかしい。


「もしお時間がありましたら、祖父に会っていただきたいのです。」


 こんなかわいい人の頼み、ふたつ返事でオーケーしたいのだが…話が全く見えない。

 そして何より…この女性はいったい何者なんだろうか。

 冒険者だとは思うのだが…。


「あの…失礼ですが、あなたは…?」


 女性は一瞬顔を赤くして、頭をペコっとさげつつ自己紹介をしてくれた。


「ごめんなさい、失礼しました…。私は冒険者のエリといいます。祖父は魔法学者をしておりまして…。」

「エリさん…魔法学者…。」


 聞きなれない単語の意味を想像で補いつつ、言葉の内容を理解する。

 何となく話が見えてきた。

 魔法が廃れてしまった世界で、魔法攻撃力しかもっていない人物が現れた。

 それは研究対象になってもおかしくはない。


「もしよろしければ、祖父と少しお話ししていただきたいのです。祖父は近頃せっておりまして…。コウタさん…でしたよね。魔法の話ができれば、祖父もきっと元気になると思うんです。」


 突然の感動話に涙腺崩壊るいせんほうかい

 涙もろさには定評のある俺。


―――なんて良いお孫さんなんだ。なんて優しい…。


「あの…。」

「あ、すみません。優しいんですね。」

「え…あ、いえ、そんな…。」


 エリさんが赤くなったほっぺに両手をあてている。

 こんな話を聞いて、断るわけにはいかない。


「わかりました!あ、でも俺、新人も新人で…魔法の知識なんてなにも…。」


 これは伝えておかないと、あとからがっかりされてしまうかもしれない。

 当たり前の話ではあるのだが、俺は一介の高校生に過ぎないのだ。

 学者の先生と…しかも魔法について話せるような知識なんて、持ち合わせているはずがない。


「それでしたら大丈夫です。多分おじいちゃんが一方的に話すだけだと思うので…。」


 エリさんは苦笑いを浮かべ、小首を傾げながらそう答えてくれた。

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