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「あとな、一つだけ腑に落ちないことがある」顔の汗をタオルで吹きながら、由之。


「腑に落ちないこと?」


「ああ。確かに敵のITスキルはそれほどでもないようだが、それにしてはお前のメアドを突き止めたりしてるだろ? どうやって突き止めたんだと思う?」


「そんなの分からないよ」


「ひょっとしたら、情報源は令佳さんなんじゃないか?」


 ……!


「どういう意味だ?」


「令佳さんのスマホには、お前のメアドも登録されてるだろ? それがなにがしかの理由で漏れたんじゃないか?」


「どうやったら漏れるんだ?」


「分からんけど、家族だったら彼女のスマホに気軽に触ることは出来るんじゃないか?」


 ……。


「つまりお前は、お祖母ちゃんを疑ってるわけか?」


「そういうことだ。そう考えると、やはりお祖母ちゃんが情報の出所として一番怪しいだろう」


 ……なんてこった。


 やはり、ナターシャさんがこの件に一枚噛んでる、って可能性が高くなってきた……決してそんな風に考えたくはないんだが……


「やっぱ近いうちに、令佳さんの家に突撃した方がいいと思うぜ」


「分かった。それじゃ明日にでも行くことにしよう。じゃあ、今日はここまでだ」


「OK」


 汗だくの僕らは同時に立ち上がり、サウナを後にする。


---


 次の日の放課後。


 とうとう僕と由之は令佳先輩の家にやってきた。アポなしで。失礼かもしれないが、事前にアポを取ったら僕らが訪れる前に何か証拠隠滅的なことをされてしまうような気がしたからだ。


「あら、浜田君、久しぶり」玄関で、彼女のお祖母ちゃんことナターシャさんは、僕の顔を見ると笑顔になる。「そちらの方は?」


「あ、俺、浜田君の友人で、斎藤 由之と言います」由之が頭を下げてみせる。


「僕ら、令佳先輩のことでナターシャさんに少し聞きたいことがあるんです」と、僕。


「あら、せっかくだけど、令佳はここには帰ってきていないの」


「分かってます。僕らはナターシャさんとお話ししたいんで」


「まあ、こんなお婆さんに、何のお話なのかしら」彼女は顔をくしゃくしゃにして笑った。「それじゃ、お茶を煎れるわね。どうぞ、おあがりなさいな」


 意外に、ナターシャさんに迷惑そうだとか焦っているといった様子は全く見えない。


「おじゃまします」


 僕らは靴を脱いで玄関に揃えた。


---


 応接間。僕と由之は並んでソファに座っていた。


「(お茶って……まさか、一服盛られてたり……しないよな?)」


 由之が心配そうな顔で、ひそひそ声になる。


「まさかぁ」僕は呆れ顔になる。「大丈夫……だと思うけど」


「(でも、向こうが何か感づいた、ってこともあるかもだからな)」


「(そんなに心配だったら、僕は前に一度彼女の煎れたお茶を飲んでるから、ちょっと飲んでみて、もし何か違和感があったらウインクするよ)」


「分かった」


 彼がそう言った時、ナターシャさんが例のロシアンティーのセット一式を持ってきた。僕らの前のテーブルにそれを置くと、彼女は僕らの向かいのソファに腰を下ろし、そして令佳先輩がやったように、小皿にマーマレードを取り分けて、お茶をカップに注ぐ。


「さあ、どうぞ。飲み方はご存じかしら?」


 ナターシャさんが交互に僕と良之を見る。


「え……何か、特別な飲み方があるんですか?」由之が意外そうな表情を浮かべる。


「ああ。僕は知ってる」そう言うと、僕は彼からナターシャさんに視線を移す。「先輩……いえ、令佳さんに教わりました。まずスプーンでこれを舐めてから、飲むんですよね?」


「その通りよ」ナターシャさんは満面の笑みになる。「私がロシアにいた頃は、ずっとそうやってきたの。でも、直接お茶に入れても美味しいけどね」


「いえ、僕は正式なロシアの飲み方で飲みます。それじゃ、いただきます」


 僕はスプーンの先端で少しだけマーマレードをすくい取り、舐めてみる。


 特に違和感は無い。続けて、紅茶をごく少量、口に含んでみる。これも何も問題なさそうだ。以前に飲んだロシアンティーと、全く同じ味わい。


 由之は、と見ると、彼は少し不安そうな顔で僕を注視したままだった。チラリと彼を見やり、僕はかすかにうなずく。飲んでよし、のサイン。


「いただきます」


 ようやく由之もマーマレードを舐め、カップを口に付けた。


「……へぇ」感動したような顔で、由之。「なんて言うか、こういう紅茶の楽しみ方もあるんですね。とても美味しいです!」


「気に入ってもらえてよかったわ」ナターシャさんの顔がくしゃくしゃになる。そして彼女も同じようにして紅茶を飲むが、カップを置いた時の彼女の表情は、真顔だった。


「それで、私にお話というのは、何かしら?」


「あ、はい……実はですね」僕は単刀直入に切り出す。「令佳さんのことなんですけど……最近、全然連絡が取れないんです。ナターシャさんはどうですか?」


「私はいつでも連絡取れますよ」

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