第一章
第6話 交戦
いくよ、と呟く彼女が空を下りはじめる。
零矢も続き、彼女の背中を追いかけた。
脱皮した〈夜蝕体〉の姿は、大きく変貌していた。薄い膜のような翅が左右四枚ずつ……合計で八枚の細い翅を広げ、頭部が地面にめり込んだままの抜け殻を踏み台にして飛翔する。
長い触覚に、昆虫のような三角形の小さな頭部。複眼を備えていそうな、トンボの目に似た黄色い目が光る。
両手にはカニの足のような一本爪が鋭く長く伸びている。翅はそのすべてが小刻みに震え、不穏な振動音を響かせていた。
「ところで、零矢。キミの〈アイディール〉は?」
「〈アイディール〉?」
「え?」
「え?」
首を傾げる零矢をみて、息を飲むノフイェ。
「待って。嘘でしょ。もしかして零矢って〈トラベラー〉なの?」
〈トラベラー〉?
さっきから、なにを意味するのかわからない単語の連続。しかし今度はそれを聞き返す前に〈夜蝕体〉の触覚が光り、翅が大きく広げられた。
「避けて!」
え、なにを?
キョトンとした零矢の視界が、直後、青白い閃光に包まれた。バン! と、膨らませた紙袋を叩いて破裂させたような音が炸裂する。
気付くと零矢の身体は浮遊する力を失い、地面へ落下中だった。身体のあちこちから煙か蒸気か、いずれにせよ白いモヤが生じている。
手足が痺れて動かせない。
一体なにが起こったのか……グッと力を入れて身体を浮遊させると、地面衝突ギリギリだった。
顔を持ち上げると全身に痛みが走り、そこでようやく、自分が〈夜蝕体〉になにか攻撃されたのだろうと推察する。
再びバン! と大きな音が鳴りフラッシュが発せられ、零矢はまたなにか自分の身に起こるのではないかと身を竦ませた。が、音はすでに零矢のことなど眼中にないかのようにバン、バンとさらに連続して続いている。
改めて空を見上げると、翅を長く靡かせる〈夜蝕体〉とノフイェが複雑に飛び交っていた。〈夜蝕体〉の触覚が光り、また激しい音と光が炸裂する。
……戦っている。
ノフイェは〈夜蝕体〉の攻撃から逃れつつ、可憐に空を泳ぎ回っている。距離を詰め、手にした剣を振るうが、表面を撫でるような斬撃では決定的なダメージは与えられそうにない。
その間にも、凄まじい音が彼女を襲う。
三日月状の光の波動が何発も放たれ、その一つがノフイェに直撃。瞬間、剣を振るってそれを断ち切ったようにも見えたが、包まれていた光の煙から飛び出してきた彼女は傷を負ってしまったようだ。
片や彼女の太刀筋は未だ〈夜蝕体〉に深く切り込めずにいる。
……苦戦しているんだ。
少しでも力になりたい零矢だったが、きっとなにをしても足手まといになってしまうだろう。素早い戦いだ。
ノフイェはまた剣を振るい、敵が放った光を破壊する。しかし同時に、彼女の細い剣もバキンと音を立てて折れてしまった。
まずい……!
ノフイェも同じような顔をしている。
それに気付いた零矢の動きは早かった。
続く光弾が彼女に迫り、わずかな動揺で身動きが取れないノフイェの身体に、零矢が飛びついた。そのスレスレを、熱い光弾が通り過ぎていく。
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