赤い薔薇はいかがなものかと(侍女長視点)
「ただいま」
「お帰りなさいませ、エリザベス様」
またエリザベス様が贈り物を抱えてお帰りになった。今日は花束のようだ。
昨日も週に一度の手紙の日で、多くのご令嬢からの手紙と贈り物が届いたところだというのに、まったく困ったものである。
本人には返礼をしている様子がないにもかかわらず、毎週必ず届くことが不思議でならない。
一度お返事をと申し出たものの「なんかそういうのダメらしいよ」と言われてしまった。
そのため、誕生日の贈り物以外の時は手出し口出しをせず見守っているのだが、貴族の行いとしては絶対に正解ではないのでついつい眉を顰めてしまう。
贈り物をくださるご令嬢たちは、果たして自分がプレゼントしたハンカチで他の女性の涙を拭っていることを知っているのだろうか。
だとしたら、最近の子どもはよく分からない。
「また頂き物ですか?」
「いや、この花束は、君に」
「はい?」
「だから、プレゼントだよ。私から、君への」
目の前に差し出させる花束に、面食らう。
エリザベス様の顔をじっと見つめていると、彼女は困ったように笑った。
「苦労ばかりかけているから、たまにはと思ってね」
エリザベス様はぽんと私の胸に花束を押し付けて、照れくさそうに微笑んだ。
「いつも本当にありがとう。こう見えて、君には感謝してるんだ」
「……エリザベス様」
「はい」
「今日は一体何をやらかされたのですか?」
「……はい」
爽やかで御婦人受けしそうな笑顔が、一瞬引きつった。
そして、ばつが悪そうに苦笑いしながら、首の後ろに手をやる。気まずいときのエリザベス様の癖である。
「いや、感謝は本当なんだよ。本当なんだけども、なんというか、ほら。物事を円滑に運ぶにもやっぱり、花があった方が落ち着くかなって。……君の気持ちが」
「…………」
「びっくりして倒れるとかはやめてくれよ。この花束、見舞いのつもりじゃないんだから」
しばらくなんだかんだと言い訳をしてから、エリザベス様は切り出した。
「今日、王太子殿下に運動着を借りたんだ」
「はい?」
「週末返しに行くことになったから、洗っておいてほしい」
唖然としてしまった。
何故こうもこの方は、普通であれば起きえない事象を次々と起こしてくるのだろうか。
年もクラスも違うはずで、ロベルト殿下と婚約を解消してから、接点らしいものはないはずだ。
「何故、そのような事態に?」
「うっかり噴水の水を被ってしまってね。たまたま通りかかった殿下が貸してくださったんだ」
エリザベス様の表情を窺う。
こともなげに肩を竦めながらも、冷たい青色の瞳が必要以上にまっすぐ私を見ていた。
こういうときはたいてい、「嘘はついていないけれど本当のことを言っていない」時だと、公爵家の方々や長くここに勤める者は知っている。
「いやぁ、私のような物にも分け隔てなく接してくださって。殿下はきっといい王様になるね。この国は将来安泰だ」
「……エリザベス様にも、早く将来安泰だと思わせていただきたいものです」
「そのために今頑張ってるんだよ、私は」
思わず零せば、エリザベス様はどこか不服そうに嘯いた。
渡された花束に目を向ける。
全体の色バランスもさることながら、私の好きな色が入っているし、誕生花まで取り入れられている。
もちろん花屋が作ったのだろうが、随所でエリザベス様が注文をつけたのだろうことが窺える。
なんとも抜け目のない花束だ。
ふと、ずいぶんと昔のことを思い出した。
屋敷に飾る花の選び方を教えていたときのことだ。
まだ、彼女が「お嬢様」だった頃のことだ。
……あの頃は、エリザベス様も将来はどこかのお屋敷の女主人になるのだと、疑いもしていなかった。
「じじょちょーはなにいろが好き?」
「お嬢様のお好きな色で良いのですよ」
「わかんないもん」
「……私は、赤が好きでしょうか」
「じゃあ、あかいおはなにしよう!」
「ああ、お嬢様! 一度にそんなにたくさんは取りません。バランスを考えて少しずつ……」
「えー? わかんないよー!」
「はいはい。一つずつ、覚えていきましょうね」
お嬢様と呼ぶのが憚られるようになってから、もう10年近く経つ。
それでも、私の話したことを覚えていてくれる。
誰かの喜ぶことを考えて行動されるやさしいところは、ずっと変わらない。
近頃は少し、その方向性に難があるけれども。
時折家に招く、男爵家のご令嬢に向けるやさしい眼差しを見ていると、それも悪くはないのかと思えてくる。
男性の服を着ていてもいい。
ご令嬢からのラブレターが大量に届いていてもいい。
女性を好きになっても、いい。
それでもこの方がどうか、穏やかに、幸せに過ごせますようにと、私は祈るのだ。
「エリザベス様」
「うん?」
「贈り物に、赤い薔薇はいかがなものかと」
「いいだろう、華やかで綺麗だし」
「君の好きな色だしね」
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