第137話 君が甘やかすから

「……疲れた」

「そうみたいだな」


 机に突っ伏してぐったりしている私を見下ろし、アイザックが呆れた様子で言う。


 ヨウが転入してきてからというもの、ことあるごとに求婚されるし求愛されるし、べたくそ触ってくるしでげっそりしていた。

 基本的に逃げているし、リリアやアイザック、ロベルトも助けに入ってくれるのだが、授業の合間などの短い時間ではそうもいかない。


 元来気が短いので、そろそろ本格的に手が出てしまうかもしれない。

 仮に他国の王族を締め落としてしまったときは、どうすれば罪が軽くなるのだろうかと考え始めていた。


 今日は何やら公務があるとかで、ヨウはロべルトと揃って早退していった。

 いいご身分だなと普段なら言うところだが、今回ばかりは王族最高! と諸手を挙げたい気分だ。


「はっきり断ればいいだろう」

「私はこれ以上ないくらいはっきり断っているつもりなんだけど」

「まだ甘い」

「うーん……でも一応他国の王族だしなぁ」


 窓から放り投げたらさすがにまずかろう。国際問題待ったなしだ。

 セットが崩れ、はらりと落ちてきた前髪をかき上げる。


 ちなみに、友の会のご令嬢が3人ほど医務室送りになってしまったので、髪は元通りセットすることにした。

 顔面も頑張って気合を入れている。


 というより、隠しキャラに求婚されるという予想外の事態に、のんびり気を抜いていられなくなったというほうが正しいが。


「……僕が恋人のフリでもしてやろうか?」

「はは、ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」


 アイザックの申し出に苦笑する。どうやら彼が慣れない気を回すくらい疲れて見えるらしい。

 気合いを入れて背筋を伸ばす。アイザックの赤褐色の瞳が、私の横顔を見つめていた。

 その瞳を見つめ返すと、彼は何か言いにくそうに視線を泳がせた後、鞄の中からノートを取り出し、こちらに差し出す。


「お前、次の授業で当たるぞ。課題、写すか? どうせやってきていないだろう」

「助かる」


 次の授業は数学だ。ただでさえテストが怪しいので、授業態度くらい良くしておきたい。

 机の中を探って、自分のノートと教科書を取り出した。ぺらぺらと教科書をめくる。

 確か今やっているのは微分だ。自慢ではないがまったく意味が分かっていない。


 夏休み明けに席替えがあったものの、私は自宅療養中――と言う名の軟禁状態――だったため勝手に席が決められ、また一番前かつアイザックの隣になっていた。

 一番前なのは正直教師の作為を感じるが、アイザックが隣なのは非常に助かっている。


 ……つい頼ってしまって自分で勉強しないというデメリットもあるが。

 課題なんて出ていたっけな、という有り様である。

 試験前に泣きを見るのは自分なのだが、意外と友情に厚いアイザックが世話を焼いてくれ過ぎるのも原因の一つだと思う。


「はぁ……君が甘やかすから、私はどんどんダメなやつになっていく気がする。どうしてくれるんだ?」

「自力で解くならそれでいいが」

「写させてください、神様アイザック様」


 冗談で恨み言を言ってみたらノートを引っ込められたので、両手を合わせて彼を拝んでおいた。

 アイザックはやれやれとため息をつき、引っ込めかけたノートを渡してくれる。


「……あれ」


 問題を確認しようとめくっていた教科書に、見覚えのない手紙が挟まっているのを見つけた。

 可愛らしい花の模様が入った封筒だ。宛名は書かれていないが、差出人の名前はどう見ても女の子の字である。

 不思議に思って教科書の裏を見ると、アイザックの名前が書かれている。


「アイザック。これ、君の教科書じゃないか?」

「ん?」


 私が教科書を見せると、彼は鞄の中を確認する。


「すまない。この前一緒に勉強したとき取り違えたらしい」


 彼が鞄から取り出した教科書と、私の机に入っていた教科書を見比べる。

 そうそう、私の教科書はこういう――新品同然の感じだったな。


「君、教科書に名前書いているんだな」

「書くだろう、それは」


 当然のように言われたが、書くか? 高校生だぞ?

 クラスの8割は書いていないと思うのだが、その自信はいったいどこから来るのだ。


 彼に教科書を返しながら、挟まっていた手紙について聞いてみた。


「間に女の子からの手紙が挟まっていたけど」

「は?」


 私の言葉に、アイザックが怪訝そうな顔をする。そして教科書をぱらりとめくって、停止した。

 これは、うっかり教科書に挟んだことを忘れていると見た。

 そして何故そんなところに挟まっているのかと言えば、誰かに見つかって揶揄われるのが照れくさくて隠していた、とかそんなところだろう。


「隠さなくてもいいんだぞ。言っとくけど、私だって恋愛相談ぐらい乗れるんだからな」

「いや、僕は」

「ふふ、君も隅に置けないな」


 にやにや笑いながら彼の顔を覗き込めば、アイザックはしばらく文句ありげな顔で私を睨んだあと、観念したように眼鏡を押さえてため息をついた。

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