第133話 いったい何に付き合わされているんだ?

「ああ、麗しい人……どうかワタシにその名前を呼ぶ権利を」


 休み時間になって早々、ヨウがまた私の席の横までやってきて跪き、芝居がかった調子で話しかけてきた。

 何だろう、これ。私はいったい何に付き合わされているんだ? 砂を吐きそうだ。

 

 とりあえず、私の手を取ろうとする彼の手を握り、引っ張り起こして立ち上がらせた。

 自然に握手をしている風を装って、社交辞令の挨拶をする。


「お初にお目にかかります。バートン公爵家が長女、エリザベス・バートンと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「おお、何と素敵な名前でショウ! どのようにお呼びすれば?」

「好きに呼んでくださってかまいませんよ」

「では、ワタシの美しい駒鳥、と」

「…………バートンでもエリザベスでも、好きな方でお呼びください」


 予想の斜め上を行く球を投げてくるな。大暴投である。


 黒々とした目が爛々と輝き、私を見つめている。そこに映る自分の笑顔が僅かに引き攣っているのに気がついた。

 まずい。相手のペースに呑まれてはいけない。


「では、エリザベスと」

「ええ。よろしくお願いいたします、ウォンレイ様」

「ヨウでかまいまセン!」

「ヨウ様」

「様も敬語もいりまセン! ワタシたちの仲ではありませんカ」


 仲も何も初対面だ。

 正直敬う気持ちは欠片も起こらないが、そうは言っても相手は他国の王子様である。

 外交問題になったらどう責任を取ってくれるのか。


 同じ王族に聞こうとロベルトに視線を送ると、ぶんぶんと首を振られた。

 「俺に外交のことが分かるわけないじゃないですか!」と顔に書いてある。それもそうだ。


 仕方ない。一応学園内では身分の差はないものとして扱うことになっているわけだし、何かあってもせいぜい学園長の首が飛ぶ程度だろう。


「よろしく、ヨウ。それじゃ、私は用事があるから、これで」

「え?」

「行くよ、リリア」

「え?」


 するりとヨウの前から抜け出して、後ろの席で様子を窺っていたリリアを小脇に抱える。

 そのまますたすた歩いて、颯爽と教室を抜け出すことに成功した。


 追いかけて来られてはたまらない。適当な窓を開けて、隣の校舎の屋上までの距離を測る。


「え、エリ様? あ、ああ、あの」

「ちょっと、落ち着いて話が出来るところに行こう」


 窓枠に足を掛けて、跳躍する。リリアの悲鳴が聞こえたが、黙殺した。

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