第134話 私、女に見えるか?


 屋上に降り立って、リリアを降ろしてやる。

 彼女は生まれたての小鹿のようになっていたが、やがてへたり込んでしまった。


「あれ。君、高いところ苦手だっけ?」

「に、苦手とかの問題じゃないと、思います……」


 ぜーはー言っているリリアの背中を擦ってやっていると、だんだんと真っ青だった顔色が戻って来た。

 私としては届く見込みがあるから跳んだわけで、少しは信用してもらいたいものである。

 まぁ、日頃の行いというやつだろうが。


 リリアの隣に座って、話を切り出す。


「ヨウ、何を企んでいるんだろう」

「案外、本当にエリ様がタイプなだけかもしれませんよ?」

「そもそも論、私、女に見えるか?」

「……まったく」

「だろう? なのに、初対面で私を女だと断定して求婚してきた。事前に情報を持っていたとしか思えない」


 ゲームの中の彼は、一見人当たりがよい片言キャラとして描かれてはいたが、裏の顔は聖女のことを探るために東の国が送り込んだスパイである。

 大人たちに政治の道具として利用されていたところ、本来心根のピュアな彼は主人公と過ごすうち、本当に彼女のことを愛してしまう、という筋書きだ。

 この世界でも、スパイとして送り込まれている可能性は十分にある。


 だが理由が分からない。私はただの公爵令嬢だし、いまや王族の婚約者でもない。

 自慢することではないが公爵家では私にまったく発言権がないので、スパイ行為をするほどの価値があるとは思えない。

 原作どおり聖女狙いなら、ゲームのようにリリアに近づくべきだ。


 もっと何か、裏があるような気がする。


「それに、何となくだけど……彼からは私と同じ匂いがする」

「同じ匂い?」

「他人を騙すことを何とも思っていないって匂い」


 リリアが息を飲んだ。私がそういう人間だということは、彼女が一番、身をもって理解しているはずだ。


「で、でも! ヨウ、ゲームではそんなキャラじゃなかったですよね? 確かにスパイだけど、それは嫌々やってるって感じでしたし、基本ピュアで押しの強い片言キャラっていうか」

「ロベルトだってゲームではあんなキャラじゃなかっただろ? ゲームと変わっていたっておかしくない」

「それは、そうかもですけど……」

「まぁ、君の言うとおりの可能性もあるけどね。君の言う通り性善説に則って、彼がピュアで押しの強い片言キャラだと仮定する。スパイなのはゲームの設定どおりだとする。その場合、聖女を探るという目的や彼自身の性質は変化していないのに、聖女への求婚を蹴って本心から私に求婚してきたことになる。だとすれば、それが示すのは……」


 一拍置いて、私は結論を述べる。


「彼は男が好きだということになる」

「え、ええええ」


 リリアが大袈裟に仰け反った。とても他人様を左固定呼ばわりしていた人間の反応とは思えなかった。


 本当は男が好きだけれど王子なので女性と結婚しないといけない、という状況で、見た目だけでも男ならまだマシだと思って求婚してきた可能性はある。


「ヨウも隠しキャラですけど、攻略対象ですよね!? ゲームではちゃんと主人公と結ばれてましたよ!? エリ様のことも、ちゃんと女性と認識してましたし」

「じゃあ両刀だな。別に珍しくもない」


 より正確に言うなら、どちらかと言えば男性が好きな両刀、ということだろう。

 子孫繁栄至上主義のこの国の貴族ですら、男性しか愛せない男性がカモフラージュに結婚をしたという話や、夫が執事見習いに手を出していたことが分かって離縁した妻の話など、その手の噂は事欠かない。


 まぁ、文化が違うであろう東の国で、そのあたりの扱いがどうなっているかは分からないのだが。


「東の国は男同士でも結婚できるのかもしれないしね」

「……それは、女の子同士でも結婚できる国ってことですかね」

「……リリア、目が怖いよ」

「エリ様の害になるようなことは、何もしませんよぅ」

「君の思う危害と私の思う危害が一致していない気がする」

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