第3章 学園編2年目

第71話 顔よし、身長よし、筋肉よし。

 ついに迎えた4月。

 入学式のこの日、主人公が学園に2年生として編入してくることで、乙女ゲームが始まる。


 私の髪は大して伸びなかったが、少し長さの出た前髪を立ち上げ、額を出すことでロベルトとの差別化を図った。

 ぐっと大人っぽくなって、顔の系統ともマッチしている。我ながらよい出来だ。

 ツーブロック部分はそのままなので、洗いやすさもお墨付きである。


 いつも額を出しているキャラが髪を下ろす、というのが好きな女子は多い。

 正装のときだけ額を出すロベルトとは逆のギャップを狙った形である。何かしらのイベントで前髪を下ろす機会を狙おう。


 制服を纏って、鏡の前でくるりと回る。

 髪型に合わせて少し化粧も変えたが、自分ではなかなかに盛れていると思う。

 鼻筋が通って見えるので、特に左斜め後ろからがベストアングルだ。


 制服のボタンは侍女長がぷりぷりしながら付け直してくれた。シークレットソールを仕込んだ革靴もぬかりない。

 脱いだら文句なしの細マッチョ。腹筋も腹斜筋も仕上がっているし、腕まくりをして力を入れれば女子垂涎の筋と血管がお目見えする。


 今年にピークを持って来るためにすべての努力をしたと言っても過言ではない。

 その甲斐あって、顔よし、身長よし、筋肉よし。

 間違いなくこの10年で一番のコンディションだ。


 頑張った。よく頑張ったぞ、エリザベス・バートン。

 イケメているぞ、エリザベス・バートン。


 心の中で自分を労っていると、控えめなノックの音が聞こえた。


 ドアを開けると、クリストファーが何か意を決した表情で私を見上げていた。

 当然だが、彼も制服を身に付けている。それを見て、乙女ゲームの立ち絵を思い出した。


 髪型は違うし、ゲームの中の彼よりもきっちりと制服を着ているが……かわいらしい顔つきは、ゲームのままだ。


「姉上、あの」

「ん? どうした、クリストファー」


 クリストファーが大きく息を吸って、わっと勢いよく叫んだ。


「ぼ、ぼく! 学園では姉上のこと、『先輩』って呼ぶので!!」


 大きな声に面食らう。

 おお。これはあれか。

 ママからお母さんに呼び方が変わるような。もっと言えばお母さんからお袋に呼び方を変えるような。

 思春期男子だったら、皆通る道なのではないだろうか。大きくなったな、クリストファー。


 ……なんちゃって。

 きっとこれは、原作の乙女ゲームのストーリーを守るための、世界の原作回帰力というか、強制力というか、そういった力の働きなのだろう。


 クリストファーは、主人公に「ただのクリス」と名乗るのだ。自分の生い立ちを語りたがらず、家族のことを話すこともしない。

 そんなキャラクターが、学園で主人公と同じクラスの令嬢のことを「姉上」なんて呼んでいたら、矛盾が生じてしまう。

 それを避けるには、クリストファーが私を呼ぶときの呼び方を、当たり障りのないものに変更しておく必要があるのだ。


 そしてクリストファーがそれを言い出すということは、逆説的に、ゲームが確実に始まるのだということを意味している。

 王太子殿下は他国に行ってしまったし、アイザックは試験での敗北を経験し、クリストファーは元の家と決別した。

 ロベルトに至っては大幅なキャラ変をしている。

 原作とは異なる状況から、乙女ゲームが始まらないという可能性もあった。


 しかしクリストファーの言葉は、この原作と少しずれた世界であっても、辻褄を合わせながらゲームが始まっていくことを悟るには、十分すぎるものだった。


「ああ、分かったよ」


 私はクリストファーの瞳を見据えて、頷く。

 絶対に主人公に攻略されるぞ、という強い決意を込めて。

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