第67話 足腰立たなくなるまで戦ってやる

 学園帰りに訓練場に行くと、ちょうどロベルトが追い返されたところだった。

 その顔を見て、教官たちの言っていた意味を理解する。


 若草色の瞳には生気がなく、どこを見ているか分からない、焦点の合わない目をしていた。

 表情も暗いというより無表情で、少しやつれているようにすら見える。


 何より、私を視界に入れているはずなのに、挨拶もしてこなければ、尊敬のキラキラも飛ばしてこない。

 確かにこの状態では危なっかしくて、訓練になど参加させられないだろう。


「ロベルト」


 呼びかけると、彼はわずかに視線を下げ、私を見た。私を見ても挨拶なしとは、良い度胸だ。

 10センチのシークレットソール込みでも、もう私の方が身長が低くなってしまった。

 いや、ほんの、僅か数センチではあるのだが。


 私と違って細マッチョをキープする必要のない彼は、この一年で随分バルクアップしていて、目の前に立たれるとそこそこの威圧感がある。

 それでも乙女ゲームの攻略キャラだからだろうか、生来の顔の良さからだろうか。

 ゴリゴリのマッチョというよりは爽やかな宅配のお兄さんかスポーツマンと言った雰囲気である。


 もっとも、今の表情からは爽やかさは感じられないが。

 言っては何だが、今みたいな顔をしていた方が、普段の元気いっぱいのロベルトよりモテるのではないかと思ってしまった。

 陰のあるイケメンは、どこの世界でも需要がある。


 彼に向かって、訓練用の剣を放り投げた。

 ちなみに、我が訓練場では訓練用の剣でも木刀でも、真剣を扱うように取り扱えと教えている。

 鞘に入っているとはいえ、こんな風に投げたりしたら泣くまでメニュー追加である。良い子は真似をしてはいけない。


 彼が剣を受け取ったのを見て、私も自分の剣を構えた。


「試合をしよう」

「……どうして」

「騎士が武を競うのに理由が必要か?」


 その言葉に、私はふんと鼻を鳴らして問い返す。


「……いや。必要ないと、貴方から教わった」


 彼の瞳に、僅かに光が宿った気がした。


 放ったコインが落ちるのを合図に、私とロベルトは立ち合いを始める。

 何度か攻撃を受け流して、私はふむと一人頷いた。


 妙な力が抜けていて、とてもいい太刀筋をしている。

 普段のロベルトよりも動きが良いし、無駄がない。こちらの攻撃への対処も非常に合理的だ。

 何となく理解した。試験もこんな調子だったのだろう。


 だが。

 その剣には、何も乗っていない。

 あまりにも軽い、剣だった。


 がむしゃらに力押しで剣を振るう彼のほうが、よっぽど強いと断言できる。

 こんな剣では、何も切れまい。


 剣筋を受け流し、一気に距離を詰める。

 逆手に握った剣の柄を、彼の鳩尾に叩き込んだ。


「ぐッ」


 動きが止まったロベルトの剣を蹴り飛ばし、一歩後退する。

 バランスを崩して膝をついた彼の喉元に、剣の切っ先を突きつけた。


「……もう一本、お願いします」


 一瞬の間のあと、ロベルトが立ち上がる。

 その若草色の瞳には、闘志が漲っていた。

 私は口角を上げて不敵に笑い、人差し指で宙を引っかく。


「来いよ、ロベルト。足腰立たなくなるまでってやる」

「はい!」

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