第15話 筋肉の声を聞け!

「貴様! そのお嬢ちゃんみたいな手で剣が握れるのか!」

「サー! ノー! サー!」

「分かっているならバージンを卒業するまで木剣を振っていろ! このおぼこ娘が!」

「サー! イエス! サー!」


「自分で限界を決めるな! 筋肉の声を聞け!」

「サー! イエス! サー!」


「貴様! 姿勢が悪いぞ! そうまでして身体を痛めつけたいのか! 貴様はマゾヒストか!」

「サー! ノー! サー!」


「おい蛆虫! さては熱があるな! 言われないと休息も取れないのか! いつまで赤ちゃん気分だ!? 今すぐママの子宮に帰ってクソを垂れて寝ろ!」

「サー! イエス! サー!」


 私が訓練場に通うようになって、半年の月日が過ぎた。

 わずか半年だが、令息たちはずいぶんと見違えた。

 剣の実力という意味ではない。短期間で成果が出るようなものでないことは、今日までほぼ毎日鍛錬に励んできた私は良く知っていた。


 基礎練習をサボらなくなった。練習するときの顔つきが変わった。

 走れる距離が増えた。筋トレをこなせる回数が増えた。手の皮が厚くなった。足の裏が硬くなった。

 剣を振りぬく姿勢がよくなった。木刀を扱う時、本物の剣を扱うような緊張感を持って扱うことが出来るようになった。


 やっと、「騎士団候補生」と呼んでも良いような面構えになってきたようだ。いや、「騎士団候補生のたまご」といったところか。


 最初は私は新入生だけ担当するはずだったのだが、私の訓練が物珍しかったのか、結局他の教官たちがこちらのトレーニングに加わってしまうので、直に合同で訓練を行うようになっていった。

 今では60名程度の候補生全員が私の門下生という状態だ。


 誰が呼んだか、人呼んで「リジーズ・ブートキャンプ」。

 最初は「教官」と呼ばれていたが、気づくと「隊長」と呼ばれるようになっていた。

 何の?


 何故だろう。なんとなく、離れていっている気がする。

 乙女ゲームの攻略対象になるという目標から、徐々に離れていっている気がする。

 

 頭痛を感じて眉間を揉んでいると、人がこちらに駆け寄ってくる気配がする。


「隊長!」

「どうした蛆虫!」


 門下の令息……もとい、騎士団候補生に呼ばれて、挨拶とともに振り向いた。

 声の主は、面通しの際一番最初に私に突っかかってきた前髪の長い少年である。

 ……いや、そのはずだった。


 そこに立っていたのは、すっきりとした短髪の少年だった。

 私よりも短いくらいの、ツーブロック。想像と違う相手が立っていたことで、一瞬面食らう。

 だが先ほどの声は、確かに聞き覚えのある候補生のものだ。


 咄嗟に言葉が出ない私に、少年はきらきらした瞳でこちらを見ている。

 鳶色の髪に、綺麗な澄んだ若草色の瞳。その瞳に見覚えがあった。

 思わず、口から声が漏れた。


「チョロベルト……」

「はっ! 自分の名前を覚えていただいていたとは! 光栄です!!」


 しゃちほこばった様子で返事をする少年。

 そう、今私の目の前にいるのは、チョロベルトこと、ロベルト。

 この国の第二王子であり、我が婚約者殿であった。


 彼にきちんと会ったのは、8歳の誕生日パーティーが最後である。その後は行事や式典等で遠目に見る程度だった。

 婚約者としてそれが適切なのかは不明だが、私も私で非常に忙しかったので、特に会うこともなかったのである。


 社交辞令上必要なプレゼントや手紙のやり取りなどは、お母様と侍女長がうまいことやってくれていたらしい。

 私は「なんでもいいよ」を連呼したせいで3回目くらいから何も聞かれなくなっていたので、詳しいことは知らないが。

 婚約者に関わらず、主人公に攻略されるための自分磨きに時間を使いたかった私にとって、社交の優先順位は高くなかった。


 そして私が見たことのある彼は、いつも髪をオールバックにセットされていた。

 ゲームのスチルでもそうだ。ダンスパーティーや公式な場では、彼は常にオールバックだった。いつもと違う服装、髪型の彼にドキドキ、というやつである。

 

 普段の立ち絵などでは長めのウルフカットにM字バングだ。前髪が長く顔がよく見えなかった門下の少年と、婚約者殿が結びつかなくとも仕方ないだろう。

 ……一番の理由は、私が婚約者殿に興味がなかったからだとは思うけれど。


「髪を切ったのか」

「はっ! 視界を遮りますので、訓練に適した髪型にしました! 自分も隊長のように、強くなりたいので!」


 飛んできたキラキラが刺さりそうなくらい輝いた瞳で私を見つめてくる彼からは、それはもうビシバシと「尊敬」と「憧れ」が伝わってくる。

 今の彼の髪型は、私のそれと非常に良く似ていた。長めのウルフカットでも、M字バングでもない。

 どう考えても、この髪型は彼の趣味ではない。確実に影響されている。気づくなというほうが無理である。


 こういうところがチョロベルトのチョロベルトたる所以なのだろう。彼の将来を憂いて、私は遠い目をした。


「髪型を変えたくらいで強くなると思うなよ蛆虫が!」

「し、失礼しました!」


 ピシッと身体を90度に曲げて礼をするロベルト。

 非常に良い姿勢だ。本当にあのチョロベルトだろうか?

 ゲームでは俺様系だったはずだが、俺様系がこんなに美しい最敬礼をするものだろうか。


「……それで、何の用だ」

「はっ! グリード教官がお呼びです!」

「すぐに行く」


 私は返事をして教官室へと爪先を向けた。背中を向けているはずなのに、相変わらずロベルトから発せられるキラキラがざくざくと突き刺さっている気がした。

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