第2章ㅤ不吉な黒猫

『不吉な黒猫』

 そう呼ばれる者がいた。

 毛色は黒でないのに。

 そう広ませることで村の者に悪い印象を与え、祟られるよう誰かが仕組んだ。

 それを自分のせいだと思う者がいた。

 自分の味方をするせいでそう勝手に名付けられ、自分と同じように祟られてしまう。

 それを見ていてどれだけ辛かったか。

 唯一、大切な存在。

 それを自ら断ち切った哀しい者。

 通い合っていた心が人間によって踏みにじられ、結んでいた見えない糸を切られた。

 ーーすれ違い

 それは勘違いから始まる。






 レオたちが見えるようになってから三日を過ぎ。

 妖怪は食べなくとも生きていけると知った私は、妖怪についてもっと知りたくなった。

 そして放課後、図書室に。

 本棚を隅から隅までくまなく探す。


 『妖怪』と書かれた本を見つけ出すと、手にした。

 誰もいないはずの図書室。

 何かの気配を感じ、振り返る。

 そこには男の子がいた。

 小柄で、私と同じか、一つ年下のような気がする。

 黒いフードを被っていて、顔はよく見えない。


「だれ? 」


 いつの間にこんな近くに来ていたんだろう。


「逆に何だと思う? 」


 悪戯の笑みを浮かべる彼から、嫌な空気が漂っているように見えた。

 あの日を境に臆病になっているだけかもしれないけど、自然と身体が強ばる。


「妖怪が存在すると信じてるんだ?」


 私の手元には妖怪について書かれている本。

 信じるもなにも信じざるを得ない体験をした。

 その上、現在家に妖怪が住んでいます。

 なんて言える訳がなく。


「うん、少しは」


 目の前まで来た彼をできるだけ視界に入れまいと俯きながらに答えた。


「少しはって……オレが見えるくせにそういう事言う? 」


 ーートンッ

 肩を押され、本棚に押し付けられる。

 その手を見ると鋭い爪。

 自然に生えている物ではなく、拳に付けている武器のような物。

 この子、普通じゃない。


「力の石、どこ? 誰が持ってるの」


 力の石って……氷力石のこと?

 じゃあこの子は妖怪?

 氷力石が私の目にあること知らないんだ。

 あの時の妖怪と違って危害を与えてこない。


 ん? まって。


 あの妖怪はどうして私の目に氷力石がある事を知っていたんだろう。

 それも右目にあると分かっていた。

 もし本当にこの妖怪が知らないのなら、余計な事は言わない方がいい。

 そんな気持ちでかぶりを振る。


「……知らない」

「知らないはないでしょ。よく見ればあの時井戸の近くにいた人間だし」


 確信めいた言い方に体がびくつく。

 ーーこの妖怪、あそこにいたんだ。


「嘘はつかないほうが良いよ。僕、嘘、嫌いだから」


 私の表情から心を読み取ろうとする深い瞳。

 心を読まれるんじゃないかと怖くなる。

 ニコッと冷え切った笑み。

 一言一言刻んでいく主張。

 さっきは自分の事を『オレ』と言っていたのに、今は『僕』

 どちらが本当の顔なんだろう。


「その右目から微かな妖力を感じるんだけど、オレの気のせい? 」


 鋭い爪を突きつけてくる。

 なんて答えれば良いのか。ここで氷力石は君の指す目にあると言ったら、爪でえぐり取られるかもしれないと変な想像をしてしまう。


「……知らなーー」


 最後までそれは言えなかった。

 真っ直ぐ少年目掛けて振り下ろされた剣。

 横から現れたルカの姿。

 勢いよく来たのか、コートがふわりと靡く。

 時間が止まったかのような錯覚に陥る。

 真横に避けた少年を見れば、口元に笑みを浮かべていた。 


「早いお出まし。そんなにその人間が大事?」


 ルカたちが来る事を知っていたかのようなことを言う少年。

 だが、意識も視線も少年の頭にいってしまう。

 まるで猫のよう。

 さっきまで深く被っていたフードは後ろにずれ、頭の上で猫耳が主張する。

 目を細める仕草も鋭い視線も猫そのもの。


「お前には関係ない」


 追い払おうと一気に距離を縮め、剣を振るうルカに対して

 スッと身軽な体を使って避ける。

 逃げ道がなくなるとバッと窓を開け、少年は飛び降りてしまった。

 ……ここ、3階なのに。


「あっ、ルカ! 」


 その後を追うようにルカも行ってしまった。

 扉のように左右開く窓が全開している。

 妖怪を追いかけるために、ルカはそこから出て行ってしまった。

 ここは3階だというのに大丈夫なのか。

 下に落ちて怪我をしたりしていないか。

 ルカがそんなへまはしないと思うが心配になる。


「大丈夫だよ。このくらいの高さから降りても、ルカは怪我なんてしないから」


 ここに残っているレオの言葉に頷きながらも、納得のいかない思いがあった。


「あの妖怪、レオたちが来る事を知っていたような言い方してたけど知り合いなの? 」


 ルカと初めて会ったという雰囲気ではなかったから、ちょっと気になっていた。


「まあね。ルカとあのネコミミくんとの間に色々あって、犬猿の仲なんだ」

「犬猿の……」


 “ネコミミくん”には納得がいく。

 頭に耳が生えていて、拳に付け

 ている爪も猫みたいだから。

 でも犬猿の仲って、相当仲が悪いんだ。

 二人の間に何があったんだろう。


「あ、そうだ。あと……」


 もう一つ訊きたかった事を思い出し、顔を上げると

 さっきまでいた所にレオがいなかった。


「どこ行くの? 」


 軽く飛んで窓の淵に立ったレオに問いかけると、こちらに顔だけを向ける。


「どこって、ルカのところだけど」

「なら私も行く」


 いつもなら言わないセリフに、レオがキョトンとする。

 この二日。レオたちは見回りと表して私の側から離れていくことがあった。

 それはたぶん妖怪を私に寄せ付けないようにしていたんだと思う。


「ダメだよ。君は狙われる身なんだから、僕たちと一緒にいたらーー」

「それでも行く」


 冷静に落ち着かせようとするレオだが、断固として引かない。

 私にだって意地がある。


「これは私の問題だから。自分の事なのに、関係ないレオたちに迷惑をかけっぱなしなのは嫌なの」


 バカみたいな考えだって分かってる。

 レオたちはおじいに頼まれたから私を守ってくれるにすぎないんだって知ってる。

 それに、私が行っても何もできないんだってことも。

 でも、それでも、ちゃんと向き合わなきゃ。

 じっとレオの瞳を見つめる。


「分かった」


 まさかの返答。

 聞き間違いなんじゃないかと驚きで何も反応できない。

 それが伝わったんだろうか

 レオがふわりと笑う。


「だけど危険な行動は取らないこと。この約束、守れる? 」

「……うん」


 この時、小さな子供がするような、無邪気な返事をした。

 木の上を前と同じように飛んでいる。

 下に落ちないようにとレオの首に腕を絡ませながら、知る由もない話に耳を傾ける。


「ルカとネコミミくん、本当は仲が良かったんだ」


 またお姫様抱っこをされそうになった時、拒否したら「絶対に落ちないように」って言われてこんな格好になった。

 太ももあたりにあるレオの左手。

 それだけに支えられているはずなのに、がっちり固定されている。


「前に……ていうか昔の話なんだけど」


 ルカの元に着くまでの間、教えてもらった。あの二人のことを。


「あの二人、どちらも村の人から邪魔者扱いされていたんだ。その時はそれを『祟る』って言われていた」


 邪魔者扱い……。


「ルカたち、何か悪いことしたの?」


 祟られてしまうほどのことを二人がしたんだ。

 そう思ったのに違った。


「ううん、してないよ」


 と、レオが首を横に振ったんだ。


「ただ黒色ってだけで、それだけのことで祟られていたんだ」


 淡々と続けるレオの悲しそうな眼差し。

 それは遠くを見ていて、まるで何かを思い出しているような表情。

 これ以上この話には触れられない

 そんな境目を感じた。

 何も悪さをしていないのに祟られていたルカとネコミミくん。

 二人の気持ち、私にはわからない。

 だけど苦しいって事だけは分かる。


「そういえばルカたちは、普通の人には見えないんじゃなかった? 」


 妖怪は普通の人間には見えない。

 私にレオたちが見えるのは目に入った氷力石のおかげ。

 聞き入っていたせいでそのことを忘れていた。

 レオの話を聞く限り、昔の人は誰もが妖怪を見えていた。

 そう解釈してしまう。

 そこのところはどうなんだろう見上げてみると、私のことを見ていた。

 さっきまでは景色しか視界に入れまいとしているようだったのに、私を見据えている。


「これが妖怪の時の話じゃないんだ」


 ーー妖怪の時の話じゃない?

 レオの発言にはてなを浮かべるしかない。


「言葉で表すのなら〈前世〉ってところかな」

「前世……」


 前世って、そんなもの覚えていられるものなんだろうか。

 単純に違う姿ってことなのかな。


「僕たち兎に化けれるでしょ? それは妖怪になる前の、本当の姿なんだ」


 それじゃあレオたちの前世は兎だった。それで妖怪になった後でも化けられる。

 そういうこと?

 動物は妖怪になれるものなのかな。

 妖怪が何なのか、ちゃんと理解していない私に分かるはずもない。


「黒色だから祟られていたって言ったよね。でもあのネコミミくんの髪の色、黒じゃなくて青っぽかったような気がする」


 詳しく言うのであれば紺色。

 暗い紫みの青。

 これが少し引っかかっていた。

 さっきレオは、二人とも黒色だから祟られていたと言っていた。でも図書室で会ったネコミミくんの髪は黒ではなかった。

 暗いところで見れば黒に見えるかもしれないけど、そんな単純な間違いをしないと思う。


「そうなんだけど……ルカの事を庇うネコミミくんを村の人が良い風に思わなかったのか、いつからか『不吉な黒猫』として村に伝わっちゃったんだよね」


 ネコミミくんはルカのことを庇ったせいで〝不吉な黒猫〟という名がついてしまった。

 ネコミミくんもまた、何も悪さをしていないのにそれだけの理由で祟られていた。


「なんだか……かわいそう」


 不謹慎な理由で嫌な目にあったネコミミくんもそうだけど、そんな目にあわせてしまったルカの心情も労しい。


「僕もそう思うよ」




 遠くにいるルカを発見した。木から道路へと飛び降りる。

 声をかけようとしたとき、悲惨な光景が目に写った。

 ルカがネコミミくんに剣を向けている。

 それも地面に尻餅をついている相手に。

 木々を背にネコミミくんはルカを見上げ、その顔には少し恐怖の色が見える。

 剣を振りかざし、それがネコミミくんへと放たれる。


「待って、ルカ……! 」


 一瞬の事だった。レオから離れ、地に足を付けるとすぐに駆け寄り、名を呼んでいた。

 そして自分でも驚くほどの速さで駆け寄り、ネコミミくんを庇うように間に入る。


「何の真似だ? 」


 心ない瞳で私を蔑む。

 ーー怖い

 それでもルカと向き合わなければ。


「……殺さなくてもいいと思うの」


 地についた片膝。背にネコミミくんを隠すように両手を広げたまま、ルカを見上げる。


「そいつはお前の目を狙っている妖怪だ。消し去れる時に消し去った方がいい」

「でも、この男の子はルカにとって大切な存在なんでしょ?」


 私を襲ってきた妖怪はルカの手によって消された。

 その光景が目に焼き付いて離れない。

 鋭い剣で今、ルカが持っている剣で消し去った。

 ネコミミくんが同じように消し去られるなんて思ったら見てられなかったんだ。

 あんな話を聞いた以上、見て見ぬ振りなんてできないよ。


 ルカは眉を寄せ、押し黙った。

 どうしてこんなにも悲しい事を言えるのだろう。

 消し去るなんて……本気で言ってるの?

 訊きたい事はたくさんあるのに、見えない大きな壁があって、それが余計なことを言うなと言っている。

 ルカだって分かっているはずなんだ。

 考えた上で行動していると思う。

 だけど今は冷酷になりすぎている。

 大切な相手を傷つけるのは自分の心を傷つけるのと同じ。

 それを消し去るなんて……どう考えても行き過ぎだよ。


「人質もーらいっ」

「え……」


 上機嫌な声が後ろからしたと思ったら手がお腹に回ってきて、気づいた時には体が宙に浮いていた。

 前にも経験したことのある感覚。

 ネコミミくんに背負われてるんだと分かったのは、少し経ってから。

 ネコミミくんに担がれ連れてこられた場所は森の奥。

 静かに降ろされ、じっと見られる。

 背中には木があり、その視線から逃れることができない。


「なに……? 」


 耐えきれずに訊いてみた。


「君の目に氷力石が本当にあるのかと思って」


 思わず体が固まる。

 木に背を合わせ、足を斜めにさせて座っている私を屈んで覗き続けてくる彼。

 嫌な予感がし反射的に後ずさろうと手が地についた時、ネコミミくんは立ち上がった。


「オレ、あいつのことが嫌いなんだよね」


 言葉とは裏腹に弾ませるように明るい声を出す。

 それなのに、細める目で遠くを見る表情はどこか寂しげで。


「だからあいつを倒すために力が必要なんだ」


 ルカと同じ、心ない瞳となった。

 まるで本当の気持ちを押し隠しているように見える。


「どうして嫌いなの? 」

「あいつがオレの事を嫌いみたいだから」

「そんな理由で……? 」


 一瞬何を言ってるのか分からなくて、少し経ってから自然とそう問いかけていた。


「だってずるいじゃん。オレがあいつのこと嫌いじゃなかったら、どうすればいいの? 」


 逆に答えを求められてしまい、それに対して何も答えられずにいると、私を見つめる瞳は悲しい色から何か企んでいるようなものに変わる。


「その目にあるもの。それがあればあいつに勝てるんだけど…… 」


 深く、望みのあるような真っ直ぐとした目。

 射抜かれるような感覚を味わう。


「やっぱいいや 」


 途切れさせた言葉を続け、ニコッと笑った。


「自分の力でいつかあいつに勝ってやるから。キミの目にあるものはキミのもの。オレはそれを取らない 」


 潔いネコミミくんの笑みに偽りはない。

 どこか吹っ切れた様子ではなく、何か嬉しい事があったかのように自然と頬を緩ませている感じだ。

 軽い沈黙の中、視線だけが交わる。

 近づいてくる彼。


「ありがと。オレを見逃してくれて 」


 その言葉には他の意味も込められている気がした。

 〝守ってくれて〟

 〝助けてくれて〟

 お礼を言われたことに驚く暇もなく頭にポンっと手を乗せられ、暖かい笑みが向けられる。そしてそのまま顔が近づいてきて……。

 髪の上から額にキスをされた。


「また会えたらいいねっ 」


 その時はただ呆然とするしかなくて。声が出せないまま、ネコミミくんと別れた。

 最後に見たのは彼の満面の笑みと、背を向けて木の上へとジャンプした姿。


「……」


 何となくおでこに手を伸ばす。

 また会えたらいいね、かーー

 ネコミミくんがいなくなってからすぐにレオが来た。


「大丈夫? 何もされなかった? 」

「うん、大丈夫だよ」


 額にあてていた手を離して立ち上がり、氷力石は取られていないと無事な瞳を向けて微笑む。

 そこでレオの後ろの方にいるルカの姿に気づいた。

 鋭い視線が痛々しくも突き刺さる。


「なぜ邪魔をした」


 突き放すような、険のある言い方。

 さっきネコミミくんを守るように間に入ったのが気に食わないんだ。

 怯まずに口を開く。


「あのネコミミくんはルカにとって大切な存在なんだって、レオから聞いたの。だから傷つけさせたくなかった」


 ルカの心も。


「余計な事を」


 ルカが村の人に祟られていたりしても唯一ずっと一緒にいてくれたネコミミくん。

 そんなネコミミくんに自分と同じ想いをさせてしまうんじゃないか。

 そう怖くて突き放したルカ。


 人間にはもう自分の姿は見えなくなり、人目を気にせずにいられるようになった。

 なのにまだそれは続いている。

 ルカが兎だった時とは違うのに。

 黒色が不吉と伝わっていても今の人は祟るなんてことをしないのに。


 ルカは未だにネコミミくんを避け続けている。

 その理由はレオにも分からないという。

 ネコミミくんの事を『大切な存在』と表したことを否定するかのように眉間に皺を寄せるルカはどこか寂しそうに見えた。


 微かだけどなんとなく分かったんだ、苦しいんだって。

 私はルカを苦しめたいんじゃない。

 何も言えず、ただ霧のかかったルカの瞳を見つめる。

 体をくるりと反転させると背を向け、顔だけを覗かせた。

 スラっとした横顔。


「これだけは勘違いするな。お前はあいつに頼まれたから守ってやってるだけだ。氷力石が無くなればお前の価値なんてない」


 それだけを言い残し、前を向いて歩き出して行ってしまう。

 ぎゅっと何かが胸に突き刺さる。

 ーーそんなのわかってるよ

 これ以上、踏み入られたくないんだね。

 だから線を引いた。

 何年も生きているルカにとって私はまだ会ったばかりのただの人間だろうけど、私にとってルカはルカなんだよ。


『お前』なんて言われている以上、私を『里桜』として見てくれない。

 心の中でふとそう思った。

 妖怪ってどのくらい生きられるものなんだろう。

 レオに聞いたんだ、妖怪は人間よりも長く生きられると。

 長く生きられるからこそ焦ることもなく、解決しようとしないまま大切な存在ともずっとすれ違ったままなんじゃないかな。


 ルカが分からないよ。

 それに……ネコミミくんもかわいそう。

 特に何も変わりのない風景。

 学校帰りにいつも通る道。

 いつもと違うのは手元に鞄が無いことと、隣にレオがいること。

 同じ歩幅で歩いてくれている。

 鞄は図書室の机の上。

 ルカを探しにいくことしか頭に入っておらず、忘れたんだ。

 またルカはどこかに一人で行ってしまったけど。


「リオちゃん。結局、約束破ったね」

「約束? 」


 考えごとをしている時に初めて名を呼ばれた驚きと重なり、隣にいるレオを見上げる。


「危険な行動は取らないこと」


 ーーあ。

 そこで思い出した。レオと約束をしていたんだって。

 私はそれを破った。

 ルカがネコミミくんに剣を向けている状態の二人の間に入ったんだ。

 これは危険以外の何物でもない。

 穏やかな表情を見る限り怒っていないみたいだけど……ここは謝ったほうが良いよね。


「レオ、ごめんなさい。私……」


 申し訳なさで俯き加減になりながら謝ろうとしたが、それは遮られた。


「さっきのことなら謝らなくていいよ。あの行動でルカは少し救われたと思う」


 私がルカを救った?

 どうして? 私は何もしていないのに。


「氷力石を狙う妖怪は全て抹消対象。単純なルカはそれを成し遂げようとしているんだ」


 成し遂げる、ってことは誰かがそんなことを計画したってことだよね。


「誰がそんな計画をしたの? 」

「ナイショ」


 私の右目にある氷力石を狙う妖怪は全て抹消……つまり、この世から消し去るってこと。

 それを考えたのはルカかレオ、どちらか二人しかいない。

 意味ありげに笑むレオだったりと、その横顔を見てまさかなと思う。


「だから今回だけ許してあげる。次からはちゃんと守ってね」


 首を傾げこちらを向くレオのストレートな髪がサラッとなり、純白で綺麗な髪が目立つ。

 ネコミミくんは力が欲しくて私の目にある氷力石を狙ってきた。

 力を手にいれてルカを倒すため。


 それは嫌いだから。

 自分のことを嫌いだからネコミミくんもルカのことを嫌いになろうとしている。

 ルカは一度決まった事は守ろうとネコミミくんを消し去ろうとした。

 それは私のせいかもしれない。

 簡単に取れる距離にあるから、ネコミミくんは取ろうとしたんだ。


 森の中に入らなければ、井戸を覗かなければ、こんな事にはならなかった。

 ネコミミくんとルカの間であんな悲惨な出来事は起こらなかったんだ。


 結局そういう結果に行き着いてしまう。

 あの時、あの場所に行かなければこんなことには……と後悔が生まれる。

 家に着くといつも通り兎の姿でイスの上で包まっているルカがいた。

 どうしてかは分からないけど安堵した自分がいる。


「あの、レオ……」


 レオが兎の姿になろうとしたところを止め、疑問に思っていることを言ってみた。

 ネコミミくんは氷力石がどこにあるのか知らないようだった、と。


「ーーってことは、妖怪は氷力石の在り処を知らないってこと? 」


 妖怪は微かな力でも感じ取ることができる。氷力石は強力な力だけど、私の右目に入ってからその存在は薄くなったらしい。

 前に説明してくれた時と同じく、ベッドに隣同士で座っている。


「うん。そう」

「でも、最初にわたしを襲ってきた妖怪は知っていたようだったけど……」


 軽く答えられるようだが納得いかない。

 初めて会った妖怪は私の目に氷力石があることを確信していた。

 それがきっかけで妖怪全てに氷力石のある場所が簡単に解るものだと思っていたんだ。

 でもネコミミくんはなんとなくでしか解っていなかった。

 そこで矛盾が生じて訊いてみたんだが。


「もしかしたら、君の目に氷力石が入ったところを見ていたのかもしれない」

「そう、なのかな」


 あの妖怪は井戸の中から飛んできた氷力石が、私の目に入るのを見てたってことだよね。

 じゃあその時から狙われていたってことなのかな。

 そう思うと怖い。

 レオたちがいなければ、私はもう……。


「ハウラの力の欠片……氷力石が森の奥の井戸へと入った、妖怪の間では結構有名なんだよ。それで確かめに来ていたんだと思う」


 物思いにふけってしまい、なんだかレオの声が遠くに感じる。


「氷力石、私の目に入るまでよく無事だったね」

「まあ、ルカが追い払ってたからね。怖くて木の影から覗いてたんだよ。たぶん君が来た時からも、ずっと」


 思ったことをそのまま言ったことに後悔した。

 レオの意地悪な笑みにゾッと寒気が走る。

 あの妖怪から私はずっと見ていられていた。

 学校を登校している時に。

 これからもそんなことが起きないだろうかと心配になる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕たちがいるから」


 俯いていた顔を上げるとレオの優しい笑み。

 とても心強い。

 私の目に氷力石があるって事を妖怪が知らないなら、そんなに危険な目に会わないかも。

 そう安心も生まれた。

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