第43話 古い縁の助け
宮殿の前に作られた決闘場から駆け出したナレイとシャハロを阻む者は、誰もいなかった。
「どうしてなの……ナレイ」
息を切らせるシャハロの手を、今ではナレイが引いていた。
「城中の人が、決闘を見に来ていたのさ……兵士たちは、全部じゃないと思うけど」
「でも、見に来た兵士は、みんな、あなたの味方だった」
そこでシャハロは、力尽きたらしい。
ナレイに引っ張られて、つんのめりかかった。
慌てたナレイが抱き留めると、悲鳴を上げる。
「きゃっ! どこ触ってるの!」
細い身体を抱えたは、薄い胸をも掴んでいた。
「ごめん、気が付かなかった」
「どういう意味?」
キッと見上げる険しい目に、ナレイは縮み上がった。
「それは、その……」
うろたえて口ごもるナレイに、シャハロは口を尖らせた。
「とりあえず、どけてくれない? その手」
はっと手を引いたナレイの唇に、吸い付いたものがある。
「……!」
言葉を失った口から離れた、つややかなシャハロの唇が囁いた。
「連れていってね……責任取って」
ナレイが言葉に困っていると、追手の声が聞こえてきた。
決闘の場にいなかった兵士たちが、動き出したのだ。
「シャハロ、こっちだ!」
ナレイが向かったのは、城の通用口である。
「ハマさん、馬まで……」
通用口を出ると、鞭を乗せた鞍を置かれて、2頭の馬がつながれていた。
シャハロはその一方の鞭を取ると、蔵にひらりとまたがった。
「早く! サイレアの王子なら、乗りこなせるはずよ!」
それが聞こえたかのように、残った馬は自ら頭を下げた。
ナレイがどうにか鞭を掴んで鞍に這い上がったところで、馬は自ら歩きだした。
シャハロは馬の尻に、一鞭当てる。
「ついてきて!」
慌てるナレイだったが、その手は馬に鞭を入れていた。
シャハロは街の目抜き通りに出ると、鞭を掲げて叫んだ。
「ヘイリオルデの王女シャハローミが通る! 道を空けよ!」
海が割れるかのように、街の人々が通りの傍らに下がっていく。
その真ん中を、シャハロとナレイが駆け過ぎていく。
街を出たところで、あの角笛の音が追いかけてきた。
並んで走るナレイとシャハロは、疾走する馬の上で、舌を噛まないように囁き交わす。
「ナレイ、あの祠、覚えてる?」
「ダメだよ、いっぺん使った手だ」
「でも、たぶん、馬が持たない!」
ところが、祠の前には、お誂え向きの馬が2頭、つながれていた。
馬を止めたシャハロが尋ねた。
「どうする?」
「……持ち主、探してみる」
ナレイが祠の周りを律儀に探したのが命取りになった。
角笛の音は、ますます近づいてくる。
「これ……見覚えがあるんだけど」
草の束を差し出す。
シャハロがつぶやいた。
「これ……確か!」
振り向くと、彼方に人馬の影が見える。
ナレイが、もたもたと馬に乗る。
「急ごう! あの川へ!」
やがて、10騎ほどの騎士が、乗り捨てられた馬を2頭、見つけることになる。
「手回しのいい……馬を乗り換えたか」
先を急ぐ騎士たちの後を、鉄帽子をかぶった50人ばかりの兵士たちが追って行った。
ジュダイヤの騎馬隊が、かつての国境であった激流にさしかかったときである。
若い渡し守が何人か現れて尋ねた。
「何処へ行かれるか?」
追手の騎士たちは答えた。
「若い男女が、それぞれ馬に乗ってやったきたはず。その2人が去っていったほうだ」
渡し守は答えた。
「それならば、この川を歩いて渡っていった。王の許しのない舟は出せんと言ったら、カワヒトカゲのいない浅瀬を探して渡っていった」
騎士たちは言う。
「ウソではないな? 我々は、王の命令でその2人を追っている。
渡し守たちは、毅然として答えた。
「河の民に嘘はない」
騎士たちは、傲然と命じる。
「では、すぐに川を渡し、向こう岸で馬を出してもらおう」
渡し守たちは、速やかに追手を向かいの岸へと渡す。
ただし、そのうち2人は、舟が足りずに残された。
その前に、1艘の船が、河の民と思しき男に引かれて上ってくる。
中には老人がひとり、座っていた。
兵士のひとりが、鉄帽子を脱いで頭を下げる。
「お久しぶりです」
老人が立ち上がった。
「うまく行ったようだな……その娘が、サイレアの勇者の娘か」
鉄帽子を脱いだシャハロが、礼儀正しく姫君の挨拶をしてみせる。
老人は、にっこりと微笑んだ。
「この川を守るときにも、あの男には世話になった……ジュダイヤの味方になったふりをして、ケイファドキャの先の王を脅してくれてな」
シャハロは、やっと納得できたという顔をする。
「じゃあ、あの草の束は……」
「サイレアの勇者との約束よ。河の民は仲間の力が必要な時に、あれを流すことになっておる」
歯をむき出して笑う老人に、ナレイは尋ねた。
「どうして、馬を連れてきた河の民を、祠の後ろに待たせておくことができたんですか?」
ナレイたちの馬に乗って
「決闘の後に2人の男女がここへ逃げてくると、川下へ行くジュダイヤへの行商人から聞いたのでな、もしやと思ったのよ」
シャハロがナレイに囁く。
「お父様の仕業ね」
老人が、ぼそりとつぶやいた。
「地獄耳は、サイレアの勇者だけのものではないぞ」
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