第17話 初めての戦い、初めての仲間

 鳴り物や叩き棒を抱えたナレイたちは、夜闇に紛れて、ケイファドキャの陣地の前まで近づくことができた。

 何の戦闘訓練も受けていない割には、物音ひとつたてることがなかった。

 見つかって殺されても仕方がないという扱いをされたことが、行動を極端なまでに慎重にしたのだった。

 自然と、もともと槍担ぎだった若者たちは、ナレイの周りに密集する。

「松明をハシゴの端に括りつけて、お互いに火を点け合うんだ」

 ナレイが囁く。 

 ハシゴというのは、昼間に人数分だけ作った横長の仕掛けのことだ。

 ジュダイヤの陣地を出るとき、これを全員が背負って出た。

 邪魔ではあったが、ときどき暗闇の中でぶつかり合うので、お互いの位置を知ることができたのだった。

 最初の1本に火がつけられると、それが次々に松明の明かりを灯していく。

 やがて、そこにはひとりあたり2本の松明を背負った囮部隊ができあがった。

 最後の1本には火をつけず、手に持っている。

 ナレイが合図する。

「行くぞ!」

 思い切り声を張り上げて、若者たちは銅鑼や鉦を打ち鳴らした。

 だが、陣地にかがり火が焚かれることはなかった。

 おかげで、土塁の前に人がいるかどうかも分からない。

 庶民の新兵たちは、鳴り物を叩きながら囁き交わした。

「話が違うぞ」

「どうすりゃいいんだ」

「逃げるか? このまま」

 だが、ナレイは全員の背後を歩き回って告げた。

「僕たちを疑ってるんだ……何かの罠じゃないかって」

 暗闇の中では、2倍の人数に見えてもおかしくない。

 ケイファドキャの陣地でも、警戒していると見ることができた。

 そのうち、何かが風を切る音がした。

 新兵たちのひとりが悲鳴を上げる。

 足下に、矢が突き刺さったのだ。

 途端に、大混乱が始まった。

「このままじゃ死ぬぞ!」

「いい的じゃねえか、俺たち!」

「逃げるぞ!」

 そこで、ナレイは叫んだ。

「ダメだ! 囮をやめて帰ったら、味方に殺される!

 どうすんだよ、という非難の声があちこちから聞こえた。

 ナレイはしばし口を閉ざしたが、やがて、全員の前を歩き回って告げた。 

「背中を丸めるんだ! 目を伏せろ! 何も見るな!」

 新兵たちの混乱は収まっていく。

 次々に飛んで来る矢は、松明を狙っているのか、新兵たちをかすめていった。

 そのうち、かがり火の前を行き来する人影が見えるようになった。

 ナレイが全員に合図する。

「今だ!」

 土塁の向こうから、松明を掲げた兵士たちが駆け出してくる。

 ナレイたちは、一目散に逃げだした。


 ケイファドキャの兵士たちの足は、それほど早くなかった。

 いや、武装らしい武装をしていない分、ナレイたちのほうが走りやすかったと言ったほうがいい。

 だが、恐怖に駆られた新兵たちに、そんなことが分かるはずもない。

「来るよ! 来るよ!」

「追いつかれる!」

「死んじゃうよ!」

 そのうち、ひとりが転んだらしい。

 松明が、地面に倒れるのが見えた。

 ナレイは、ハシゴを投げ捨てた。

 まだ燃えている松明に、手に持っている分を近づける。

 火が燃え移ると、再び駆け出した。

「走れ!」

 叫ぶまでもなかった。

 新兵たちは、ナレイの真似をして、ハシゴを放り出していた。

 手にした松明と、ケイファドキャの兵士の間が、また開く。

 地面に投げ捨てられたハシゴの松明が、倒れたジュダイヤの兵士と勘違いされたのだ。

 それを押さえ込みにかかったケイファドキャの兵士は、すぐに、騙されたことに気付いて立ち上がる。

 だが、そのときにはもう、死に物狂いで逃げる新兵たちは、随分と先へ進んでいた。

 その向こうで、かがり火の明かりが灯る。

 ナレイは新兵たちによびかけた。

「あっちだ!」

 ジュダイヤ側の陣地だった。

 だが、そのときにはもう、蹄の音が背後まで迫っていた。

 新兵たちが叫ぶ。

「騎兵だ!」

 ナレイは松明を投げ捨てた。

 小剣を抜いて、相手をまっすぐ見据える。

 だが、馬はまっしぐらに駆けてきた。

 動物と人間の子どもには、ハッタリが利かないのだった。


 だが、ナレイの頭上から槍が繰り出されることはなかった。

 騎兵が怯えて、馬の手綱を引いたのだ。

 すかさず、ナレイは小剣を捨てて、味方の陣地へとまっしぐらに走った。

 さっきの、風を切る音がした。

 悲鳴と共に、人が馬から落ちる音がする。

 そこで初めて、怯えた馬がいななく音がした。

「突撃!」

 どこかで、ヨファの叫ぶ声がする。

 ケイファドキャの騎兵が落馬していく。

 いつのまにか戻ってきていた別動隊が、背後から襲いかかったのだ。

 ジュダイヤの陣地から、武装した兵士と騎兵の群れが、一斉に攻撃を仕掛けた。

 ナレイは、新兵たちの姿を探しながら呼びかける。

「陣地に入ろう! もう、大丈夫だ!」


 夜が明ける前に、ケイファドキャの最前線は蹴散らされた。

 生き残った者たちは、流れの速い河を渡って撤退していった。

 ヨファたちは、明るくなった頃に戻ってきた。

 それまでのことを、ナレイたちは知らない。

 地面にひっくり返って寝ていたからだ。

 凱旋したヨファたちは、後詰めの兵士たちに歓呼の声で迎えられた。

 だが、新兵たちは違う。

「やった!」

「生きてるよ、俺たち!」

「すげえよ、お前! ええと、名前は……」

「俺、知ってる! ナレイバウスだろ!」

 だが、ヨファの馬の轡を取った使用人は、照れ笑いと共に答えた。

「ナレイでいいよ」

 しばらくの間、新兵たちは高らかに、ナレイの名を呼び続けた。

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