ちんこが取れた日
如月しのぶ
ちんこが取れた日
「あらー。面白い事になってるね」
西遊記のドラマが放送されていれば、猪八戒とあだ名されていそうな、うっとおしい中間管理職風の泌尿器科の医師は言った。
何かおしっこの出がおかしい。
中でどこかに漏れている様な感じがする。
そのせいか切れが悪い。
終わったと思っても、ちんこの先からだらだらとおしっこが垂れている。
とりあえず近所の医院で診察を受けたが、検査ができる病院へと、紹介状を渡された。
紹介状を持って、この総合病院の泌尿器科を受診したのだ。
血液検査、ソナーの検査、そして今日はMRIの結果を聞きに来たのだ。
「特に病気があると言う訳では、ないね」
「そーですか」
「ちょっと、尿道が切れかかってるかな」
「いや、それ病気じゃないですか」
「うんー、大丈夫。膀胱は正常」
「いやいや、尿道が切れかかってるって」
「切れてないから大丈夫。それよりこれ」
医師はペンで画像の一部をくるくると円で囲んだ。
「ここに写っているこれね。子宮」
医師は画像を切り替えながら続ける。
「子宮の下にあるこれ、ほら、ここ、これが膣。
だから、ちっちゃいねー、前立腺。
前立腺って普通は、尿生殖隔膜の内側にあるものなんだけど、外にあるね。
そのせいで、上手く面白い事になってるね。
精嚢が、ほらここ、膣の中に納まっちゃってるよ。
面白いねー。
で、こっちが卵巣。
全部そろっいてるね」
「えー………」
「パニシングツインって、知ってるかな。
元々、ごく初期には双子だったんだけど、何らかの理由で、片方が消えちゃうって言うやつ。
もう一方に吸収されちゃって、出産時は一人で生まれて来るんだよね。
君の場合はあれだ。
検査の結果から想像すると、男女の二卵性双生児だね。
そして君は、その双子の女の子の方だね。
女の子の外側に、ちんこくっ付いちゃったんだね」
「なんですとー」
面白いを連呼する医師に苛立ちを感じるだけで、後の説明は、もう耳に入らなかった。
自分の存在が根底から崩れたのだ。
半陰陽、両性具有とはまた違う。
双子の女の子が、兄か弟のちんこを付けて生まれて来たのだと言われたのだ。
五十歳になろうかと言う今になって、指摘されたのだ。
若い頃はしょっちゅう女子に間違えられていた。
それでもずっと男子として生きて来た。
仲のいい女の子に告白をして振られたりもした。
「ごめんね。真理ちゃんの事、異性と思ってみてないの」
彼女は俺の事をマリちゃんと呼ぶ。
でも本当は真理と書いて、まさみちと読むのだ。
そんな学生生活を送り、大学も卒業したが、就職氷河期とやらが来て、就職できずに非正規労働者になってしまった。
だから結婚もしていない。
帰ったら両親はパニクルだろうが、被害は最小限だ。
って、何言ってんだオレ。
まぁ、とにかく男として五十年ほどの人生を歩んで来たのだ。
人生を振り返って、もう五十年も生きたんだし、もう十分だよなー、なんて事が頭をよぎったとたん、崖から転がり落ちるような急展開が、始まった。
ただ、しょっちゅう女子に間違えられていた十代二十代を始めとして、違和感もあった。
五十を前にしてはいるが、今でも三十代、時々二十代に見られる事もある。
若く見られるのは自慢だった。
そんな俺の体系は、かなり女子寄りだった事も間違いない。
90センチ越えのヒップ。
60センチちょっとのウエスト。
70センチ有るか無いかのアンダーバスト。
あえてアンダーバストと言ったのには、訳がある。
服を着ていれば厚い胸板と思われる胸も、中身は四角い筋肉ではなく、お椀型の脂肪だ。
そしてなにより、土手が高い。
恥丘、大陰唇、小陰唇の一部らしきものまである。
上からちんこを見下ろせば、陰裂の中からド根性大根のように生えている。
大根と言ったのは見栄だ。
何言ってんだオレ。
本当に、あの泌尿器科の医師に指摘されたとおり、女の子が特殊メイクでちんこ付けたという表現がはまっている。
ちんこだけに。
何言ってんだオレ。
いや、言っているのではなく、病院からの帰り道、思考がぐるぐる回っているのだ。
その日から体の女子化は加速していく。
そのまま、おばさんになるのではなく、若返りもしているのだそうだ。
女性化しているのではなく、少女化しているのだ。
それに比例して、病院での検査も増えた。
とても支払えるような量ではないが、データの収集に協力すると言う同意書にサインをしたら、無料になった。
身体は以前よりもずいぶんとキャシャになった。
やせたと言うよりも、華奢になったのだ。
肩幅も狭くなった気がする。
だからと言って精神や思考が女子化するという事はなかった。
でも、身体の急速な変化に悲鳴を上げているのか、あちらこちらが痛い。
股間から脳天に突き抜けるような、激痛が走ることもある。
かと思えば、悩まされていた乾燥肌からは解放された。
若い、きめの細かい、みずみずしい肌になっている。
この変化で知人とは、会いたくないのだが、病院通いが増えたせいで、その心配もなくなった。
そして、教授がやって来たのだ。
京都野大学、iPS細胞再生医療研究所の所長、海中教授だ。
細身の海中教授は、俺と両親に頭を下げて言い放った。
「御嬢さんの身体には、再生医療に関する神からの贈り物が詰まっています。ぜひ研究に協力を、御嬢さんを僕に預けてください」
なんか、プロポーズと両親への挨拶をいっぺんにされた感じだ。
嫁に行くのか俺。
何言ってんだオレ。
海中教授には同行者がいる。
ショートボブのクールビューティーな女医だ。
「ワタクシ、京都野大学iPS細胞再生医療研究所の研究員で婦人科の医師をしております、寺山志保と申します。
御嬢さんの健康はワタクシが責任をもって守りますので、どうか研究にご協力ください。
御嬢さんの協力で、助からなかった命が、難病に苦しむ患者様を、救う事が出来るのです」
俺としてはこの女医に興味がわく。
と言っても、ちんこは付いているだけで、ほとんど機能はしていない。
もう、朝立ちも無いのだ。
何言ってんだオレ。
とにかく、アラフィフ親父を捕まえて、御嬢さん、御嬢さんって、こちとらまだ、ちんこ付いてるわい、取れかけてるけど、と言いたいがやめておく。
もう見た目はほとんどJKなのだ。
だからさっきから五十歳を目前にしたおっさんが、未成年扱いをされまくっているのだ。
それと、病院の検査代を持っていたのは、京都野大学iPS細胞再生医療研究所だった。
まぁ、俺の健康には関係ない、研究所からのオーダー検査もいっぱいあったので、それを恩義に思う事はない。
それでも、助かるかもしれない命を、助けないとは言えないので、研究所に検査入院をすることを承諾した。
どうせ非正規労働者だし、業績悪化とかで他の非正規と一緒に、理不尽な解雇をされたところなのだ。
助けに行きなさいと、神様に言われている様なモノだ。
研究所に嫁入りする。
研究所では、お嫁さん以上の辱めを受けるだろう。
何言ってんだオレ。
研究所に検査入院をしてから一か月を過ぎた辺りだった。
もう、ちんこさえ無ければ、見た目ほとんど女子中学生だ。
女子化して、胸が膨らむという事はなかった。
内心ちょっと、美巨乳グラビアアイドルみたいな乳を期待していたのだが、見事に裏切られた。
女子だとして、ボインと表現されるより、ツルペタと言われる系だ。
何言ってんだオレ。
それでも、寺山志保医師が姿を見せれば、ご主人様大好きなワンコみたいになってしまう。
可愛い看護士の前では猫にもなる。
何やってんだオレ。
いろいろな検査で俺の身体は女子中学生レベルだと証明された。
臓器の若返りは、再生を伴って若返っているという事で、海中教授は、目が輝いている。
研究所の活気は、遠くからでも分かるほどだ。
俺の検査、細胞などの提供を始めとする情報提供が終わりに近づいて来た頃に、夢を見た。
それはまだ私たちが、お母さんのおなかの中に居て、人の形すらしていなかった頃。
「嫌だぁー。
なんでこんなに早く終わるんだよー。
俺は初めて人間になるんだ。
ずっとずっと待ちわびていたんだ。
それなのになんでだー」
それは魂の叫びだった。
肉体は、もう死にかけている。
「なぁ、おまえ、助けてくれよ。
俺は人間としての人生を全うしたいんだよ。
あこがれてた人間を、満喫したいんだ」
そんなこと言われても、私に死にかけの胎児をどうにかできる力はない。
私だってただの胎児なのだから。
いずれこの、兄だか弟は死んで、私に吸収されて消えてなくなる。
ならば一つの賭けに出てみよう。
魂も吸収して、納得いくまで私の体を貸してあげよう。
私は何度も人間として転生しているのだから。
「私の体を使って、人間として生きてみなさい」
そして私は自分の魂を一歩後ろに下げる。
そんな夢だった。
目が覚めると股間に違和感があった。
布団をめくり、そーっと覗いてみる。
おちんちんが取れている。
そして布団がべったりと血だらけだ。
赤い肉片みたいなものまである。
「きゃーっ。死ぬぅ、死ぬっ」
私はナースコールのボタンをカチカチと連打した。
志保先生が、慌てて掛け込んで来る。
診察を受け、血の塊を調べた志保先生は私にこう言った。
「初潮ですね」
こうして私は自分の体を取り戻した。
そしてまた、ここから成長するのだ。
「先生ね。寺山って苗字だけど家は代々神社なのよ。
あなた達、魂入れ替わったわね」
婦人科の医師であり、研究者であり、巫女であり霊能者の志保先生は、双子の体の貸し借りを見抜いていた。
そう、兄だか弟は五十年ほどの人生を生き、そして帰るべき所へ帰って行った。
元通りではないものの、ほぼ完璧な少女の体に巻き戻して、私に体を返して逝った。
胎児の体を返されても困るので、これで良い。
残りの入院で私と志保先生は仲良しになった。
海中教授には、京都野大学付属高校の制服をおねだりしてみた。
志保先生が、海中教授がご褒美をくれるわよと言ったのだ。
なのになぜか志保先生が、付属中学の制服を持ってきた。
「こっちの方が可愛いわよ」
志保先生は、どうしても私に付属中学の制服を着せたいらしい。
もう一度中学生くらいからやり直しなさいという事なのかな。
でも私、一歩下がって見ていたから、五十年分の経験値はあるのよ。
でも、付属中学で友達作りから始めるのも悪くない。
制服を着て京都野大学キャンパスを出る。
お散歩の許可は志保先生が出してくれた。
あんなモノ私の可愛い体にくっつけて、五十年間生きたって、魂って怖っわー、とか思いながら散歩をしていると、宝くじ売り場が目に入った。
海中教授の言葉を思い出す。
『御嬢さんの身体には、神からの贈り物が詰まっています』
「こんなにも優しい私に、神様はご褒美をくれないのかなー」
そう言いながら見上げた京都の空は、どこまでも抜けるように青かった。
今なら声が届くかもしれない。
「人生は、満喫できましたか…、おにいちゃん」
ちんこが取れた日 如月しのぶ @shinobukisaragi
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