現実世界では聖母キャラですが、異世界では中堅タンクです

@rosecitym1

第1話 泡沫舞踏団

「今年の年間アーティスト大賞は……」


 受賞会場になっている国内最大のスタジアムに大音量のドラムロールが流れ、巨大なミラーボールが猛烈な勢いで回転し始めた

 隣に座る薫子が私の手をギュッと握ってきた 

 可愛い妹だけど、手汗がすごい

 相当緊張してるみたいだ

 他のメンバーを見ても普段から何を考えているかわからない不思議ちゃん、春希以外は一様に緊張が漲っている

 そうでないのは私と春希だけ

 私はというと、特に賞レースに興味がないので取れたら嬉しいけど取れなくてもそれはそれという意識だ

 ファンにはもっと負けん気を出してくれと言われることもあるけど、それはグループのバランス的に美味くないのでお断りしている

 異常に長いドラムロールが終わる

 司会の有名アナウンサーがさらにたっぷり間を取って期待を煽る

 きっと、ファンのみんなも手に汗握っていることだろう

 そして、ついにその時が訪れた


泡沫舞踏団うたかたぶとうだん!! 今年のアーティストの頂点に立ったのは、スーパーアイドルグループ! 泡沫舞踏団です!!」


 観客の悲鳴や怒号で空気が震える

 ここ何年か、年末はここで過ごさせてもらってるけど、何回聞いてもすごい

 今年はこの歓声が私たちに向けられてると考えたら、流石にちょっと感動する

 薫子をはじめ、メンバーは顔を歪めて号泣している

 あら、春希も泣いてるな

 15/16が泣いてると私が泣いてないのが目立つか?

 仕方ない、満面の笑みでカメラに手を振ろう

 こういう時私のキャラは便利だ


『流石俺たちの聖母!』

『桜子様だけ満面の笑みwww』

『薫子との対比がすごいな』

『聖母様の微笑みは世界を照らす』

『ありがてえありがてえ』


「聖母様は徹底してんのねー。アーティスト大賞よ? しかも首都ドームよ? 私達の第二章が始まるのよ? あんたも泣きなさいよお!」


 我らがリーダーの苦労人、鷹取綾たかとりあやが私の肩を掴んでガクガク揺らす

 細面の美形で歌もダンスもそつなくこなすけど、若干暑苦しいのが玉に瑕

 仲間意識が強過ぎるのかなと

 

「ごめん綾ちゃん。でもアーティスト大賞よ? 嬉しいでしょ? そりゃ笑うでしょ」


「一理ありますねー。綾ちんの負けー。いいじゃないですかー、この写真さいこー。ね、薫子?」

 

 宮本真綾みやもとまあやが間延びした語尾で私の肩を持つ

 女に嫌われるタイプのあざといキャラだけど、振り切り方が気持ちいい子で私は大好きだ

 知られていないけどメンバーで一番いい匂いがする


「はい! お姉ちゃんの笑顔可愛いです! 家でもニッコニコでしたから本当に嬉しかったんだよね?」


 私の天使、曲輪里薫子くるわざとかおるこ

 実妹だ

 私たちは姉妹でアイドルをやっている

 オーディションを受けることを相談された時はだいぶ反対した

 当然だ

 薫子はシャイオブシャイ

 あと泣き虫

 神経が登山用ロープくらい太くないとやっていけないアイドルなんて無理だと思ってた

 でも薫子は見事に合格した

 姉の七光と言われた時期もあったけど、その鍛え上げられた歌唱力とダンススキルで最新曲では二列目にポジションを上げてしまう

 お姉ちゃん最後列だよ?


「はいそこのシスコン聖母。妹の匂いスーハーしないの。薫子は私の嫁! しかし桜子も私の嫁!」


「ひゃっ! やめてください悠希ちゃん!」


 薫子の背後から忍び寄り、ガッチリとホールドするのは我らがフロントメンバーの一角、桃瀬悠希ももせゆうき

 スキンシップが激し過ぎる甘えん坊

 ライブ中にもファンサービスとばかりに頻繁にハグアンドキスを繰り出してくる

 パフォーマンス中とのギャップがあり過ぎてそこがまた人気に拍車をかけているんだけど、本物の女好きなんじゃないかと私達は疑っています

 とりあえず私の天使から引き剥がす


「ああん! 桜子は乱暴ね。じゃあ次は桜子に……って痛あ!」

 

「グループ内セクハラ、ダメ絶対」


 どこから持ってきたのかでかいハリセンを振り下ろしたのは淡い金髪が美しいthe美少女

 彼女こそ私達泡沫舞踏団の絶対的センター、金堂こんどうアリーシャ

 ロシアとのハーフで神の手による造形かと思うくらい綺麗に整っている

 でも中身は歳の割にはしっかりしていて、ツッコミ気質だ

 ボケたがりが多いなかで大変助かっている

 16人の割合は、ボケ10天然3ツッコミ3

大変でしょ?


 さて、私達はそれぞれ親元を離れて事務所のある首都で生活をしている

 私や薫子を含めて10人が未成年なので、大人組が班長になって三班でルームシェアをしている

 この部屋は、グループリーダー綾ちゃんを班長に、ぶりっ子キャラの大学生真綾、甘えん坊歌姫悠希、絶対エースアリーシャ、私の天使薫子、そして私の5人。

 成人2人に3から4人の未成年というところ

 

「ねえ桜姉さん、今日はお魚が食べたい」

 

 アリーシャが私の腕を取って甘えてくる

 しっかり者だけどグループ最年少

 たまに甘えられるとたまらなく興奮する

 おっと本音がでちゃった

 気づくとなぜか薫子も逆の腕を取ってくっついてる

 神よ、似合わない聖母キャラを貫くご褒美でしょうか?

 必死で鼻血を抑える


「お魚ね。いいよ。そうだなー。鱈を買ってきて鍋にする?」


「いいわねお鍋。他の部屋も呼ぶ?」


「じゃあー、聞いてみるねー」


「桜子の出汁から作ってくれる鍋美味しいのよねえ。楽しみ! ね、お姉ちゃん♪」


「背中に乗るなこの女好き!! それとあんたと私は同い年でしょうが!!」

 

 背中に当たる胸のボリュームがすごい

 いや、私もメンバー内ではある方だけど悠希は凄い

 胸部装甲とはこのことだろう


「みんな来るってー。じゃあ、お買い物行こうかー」




「いただきまーす!」


 図らずもメンバー全員で鍋パーティーになった

 土鍋とカセットコンロを持ち寄って野菜と魚を煮込む

 折角三つ鍋があるんだからと寄せ鍋、もつ鍋、キムチ鍋にしてみたんだけど、みんな箸が進んでるようだ

 作り手冥利に尽きるね

 私の右隣に座るアリーシャが魚の入った取り皿を差し出してくる

 この上目遣いのときはおねだりがあるときだけど、これを使われるとメンバー全員が抗えない

 そりゃあファンも投げ銭するよね、気持ちは痛いほどわかる


「桜姉さん、骨とって? アリーシャできない」


「甘えん坊ねアリーシャは。ちょっと待ちなさい……はい、どうぞ」


「えへへ、ありがとう桜姉さん」


 はあ、尊い

 二期生オーディションの時は薫子が心配で心配でたまらなくて他の子のこと気にする余裕がなかったけど、見事に可愛い子ばかりが入ってきた

 もちろんアイドルグループなのでそうなんだろうけど、中身も素晴らしい子が揃っていることにスタッフさんの慧眼に頭が下がる思いだ

 

「お姉ちゃん、私のも私のも!」


 おっと、今度は実妹が甘えん坊だ

 ちょちょっと骨を取って身を解してあげる

 これは昔からやってあげてることなので癖みたいなものだ

 私の作った料理を美少女たちが美味しそうに食べるのを眺める幸せ

 アイドルは最高だ


「鼻の下伸びてますよ桜子さん。聖母に憧れてるファンが今の顔見たら引きますよ?」


 二期生の縁が苦笑いしながら指摘してくる

 私たちの中では唯一女性誌のモデルを務めている堂園縁どうぞのゆかり

 最初はだいぶ叩かれてたけど、ルックス、手足の長さ、センスと自分の力でアンチを黙らせ、今ではアイドルがモデルをやってるんじゃなくて、モデルがアイドルをやってるっていう評価に変わってきている

 見た目と違って泥くさい努力を厭わない子だ


「いいのよ。その時は笑ってごまかすから。だって見てよ。アリーシャと薫子がニコニコしながらご飯食べてるのよ? しかも私がつくったご飯を! そりゃ顔の締まりもなくなると思わない?」


「まあ、はい。わかります」


「わかる、わかります! だからさ、アリーと薫子なんて絶対セット売りしたほうがいいって!かおーしゃ的な感じで。私が現役のオタクなら絶対食いつくね!」


「あんたはまだ現役でしょう、愛」


 私の熱にさらにドン引きの縁の代わりに前のめりなのは高砂愛たかさごあい

 元熱量の非常に高いファンだった子

 元々泡沫舞踏団の結成当初から応援してくれていた生粋のファンで、見てるだけじゃ物足りなくなってオタクを隠さずオーディションに参戦した変わり種

 彼女が凄いのは、グループのクオリティが下がらないよう厳しいボイストレーニングとダンストレーニングを積んできたことだ

 この子も努力家なんだよなあ


「何遠い目しちょるんですか? ほら、桜子さんも食べたらいいが。そんで胸だけやなくて腹にも肉付ければいいっちゃが! ほらほら」


「ダメよ真琴。持つ者への嫉妬は、私達持たざる者をより惨めにする。わかるわね? 耐えるしかないの」

 

「うう! タキ姉さーん! あの膨らみが、膨らみがあ!」


 寸劇に入る持たざる者コンビ

 メンバーだけの場では訛りを隠さない甲斐真琴かいまことはショートカットのボーイッシュタイプ

 仕事中もテンパると訛り始めてそれがまたグッとくる

 ドッキリにかかって一番可愛いのは絶対に真琴だ

 南側の生まれで小麦色に日焼けした肌が美しく、少年っぽさが女性にも支持されている

 

 眼鏡のお姉さんは舞踏団の頭脳こと瀑布川七瀬たきがわななせ

 彼女の常識的な感性は常に私達の指針だ

 眼鏡の似合う美人は本当の美人だと思うのは私だけではないはず

 運動神経が死滅してるのが玉に瑕

 なぜ走る時に手と足が一緒に出るのか教えてほしい


「明日の仕事なんだっけ?」


「うたショー3本撮り。歌パートもあるって台本に書いてたね。しかもアルバムから」


 前髪パッツンがトレードマークの三笠麗乃みかされのの問いに綾ちゃんが即答する

 麗乃は大人組の一人で、デビューから全曲フロントメンバーとして引っ張ってくれている

 歌のステータス値はぶっちぎりの一位

 フロントである悠希と我妻遥あがつまはるかとのコーラスは泡沫舞踏団の大きな武器だ

 この三人にアリーシャが加わったことで、一列目が真の完成を見たとプロデューサーが宣言する程の完璧なバランスが出来上がった

 

 ちなみにうたショーとは私たちが初めて任された地上波の冠番組で、日曜深夜にひたすらふざけるというコンセプトのまあまあイカレたバラエティ番組

 アイドルの悪ふざけをベテランお笑いコンビのバッドヤングさんが巧みな回しで形にしてくださっている

 先週までは3週に渡って私達がひたすら筋トレしている風景を流していた

 斬新でしょ?

 ファンの方々の評判がいいのが解せない

 


 


 



 

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