9歳、ミネルに会いに行く(後編)

「ミネルの魔法を見たい!!」


私がそう言うと、ミネルも思い出したように返事をした。


「ああ、そうだったな」


ミネルはすくっと椅子から立ち上がると、急に何かを唱え始める。

その瞬間、彼の手から“ナレッジ”が現れた。


あっ、これが手帳! じゃなくて、“ナレッジ”!!


「これは自分が覚えた知識をまとめている“ナレッジ”だ。これを使って、物を作ったりするんだ」

「物を作る?」

「材料と知識さえあれば、魔法で物を作れるということだ」

「……と、いう事は?」


私の言葉にミネルは「はぁ~」と大きなため息をついた。


「お前はバカなのか。想像力が足りていない。突拍子もない発言をするんだから、それくらい考えれば分かるだろう」


なにー!? 本当にミネルは一言多いんだよなぁ。

……でも「考えれば分かる」か。


“材料”があれば“物”が作れる。

本来なら“材料”があっても“道具”がないと作れない。

ミネルは“道具”の代わりにあえて“知識”と言ったという事は……?


「つまり、コップの作り方を“知識”として知ってさえいれば、あとはガラスとかの“材料”を揃えるだけで、パッっと魔法で作れちゃうってこと?」


ミネルが頷く。


「まあ、大体そういう事だ」

「すごーい!! それじゃあミネルは、自分の得た知識を“ナレッジ”に登録する為にたくさん本を読んでるんだ」

「まあ、それもあるな」


あの大量の本にもちゃんと理由があったんだ。勉強になるなぁ。

納得したところで、今度は実際に魔法を使い、物を作り出す様子を見せてもらう事になった。


「そうだな。確か魔法を使えるようになった時、練習用に用意した材料がある」


そう言うと、ミネルはどこからか木材とネジを持ってきて、絨毯の上に置いた。


「よし、始めるぞ」


片手に“ナレッジ”を持ったミネルが、先ほどと同じように何かを唱え始めた。

その瞬間、木材とネジが宙に浮かび、ぱあっと明るく光った。

光は徐々に消えていき、木材とネジがあった場所には、代わりに椅子が置いてある。


すごい、一瞬で変わった。


「言っておくが、これは初歩の初歩だからな。魔法のレベルが上がれば、どんどん複雑な物も作れるようになる」

「いやいや、十分すごいよ!ねえ?エレ」

「うん、《知識の魔法》は初めて見ました。 一瞬で作れるなんて、すごいですね」


……あれ? 今、エレは《知識の魔法》は初めて見ましたって言ったよね。

それって、もしかして──


「エレは他の人の魔法を見た事があるの?」

「う、うん。魔法の訓練中、先生に《水の魔法》を見せてもらった事があるよ」

「ええー!! 先生、私には一度も見せてくれた事なんてないよー!」

「…………」


エレ……なぜそこで気まずそうに黙る。

すると、ミネルが私の事を鼻で笑ってきた。


「魔法も使えないやつに魔法を見せる必要がないからだろう。お前はまだ、その段階までいっていないという事だ」


くっ、悔しいけど、確かにその通りだ。反論の余地すらない。


「悔しい気持ちはあるけど……まあ、とりあえずいいや。話を戻そう。さっき、魔法のレベルが……って言ってたけど、“知識”があれば、何でも作れるわけじゃないの?」


「その通りだ。覚えた事を全て“ナレッジ”に登録できるわけではない。魔法のレベルによって、登録できる物や数が変わってくる。僕の場合、まだレベルがそこまで高くないから登録している数も少ない」

「へえ、そうなんだ」


私が感心して聞いていると、ミネルが続けて説明してくれる。


「それに今すぐ椅子を作れ、と言われても作る事ができない。今の僕のレベルだと、大体2時間くらいは経たないと作れないな」

「そうなんだ! 確かに作るのって、たくさん魔力を使いそうだね」


魔法を使うにも、色々なルールや制限があるんだなぁ。

でも今日は、ミネルに魔法を見せてもらえたし、もう大満足! って、もうこんな時間!?

魔法の話で盛り上がりすぎたから、時間を全然気にしてなかった。


「ミネル、遅くまでごめんね。そろそろ帰るね」

「そうだな。そろそろ帰った方がいい時間だぞ」


そこはさ、社交辞令でも「気にしなくていいぞ」って言うところでしょうが!

でも、これがミネルの長所でもあるんだろうな。



帰り際、ミネルのご両親も挨拶をしに来てくれた。


「今日はお越しいただき、ありがとうございました。よろしければ、また来てくださいね」


ミネルのお父さんであるティスさん。相変わらず、真面目な口調だな。

そして、ミネルのお母さんのメーテさん。……あれ?お腹が大きい?


私がお腹を見ている事に気がついたのか、メーテさんが教えてくれた。


「今、妊娠中なの。もう少しで産まれるわ」

「うわぁ、おめでとうございます!!楽しみですね」

「そうね、ミネルも楽しみにしているのよね」


メーテさんが微笑みながら、ミネルの顔を見る。


「……まあ、そうだね」

「何が『……まあ、そうだね』よ!もうちょっと素直に喜びなよー」


私にからかわれたのが癇に障ったのか、ミネルがすぐに言い返してくる。


「産まれてくる弟か妹の方が、お前よりも早く魔法を覚えると思うぞ」

「ぐっ! 確かにそうかも」


痛い所を突かれてしまった。でも、私だって頑張ってるからね!


無事にご両親やメイドさん達への挨拶を済ませ、エレと一緒に帰ろうとしたその時、ミネルが私の元へと近づいてきた。


「いいか、1回しか言わないからよく聞け。最初にお前が送ってきた手紙に『《闇の魔法》に限らず、魔法は使う人次第で、良い事にも使えるし、悪い事にも使える。《闇の魔法》だからって悪い事に使うとは考えず、使う人自身を見てほしい』と書いてあった。その考えも一理あると思ったから、”もう一度、勉強し直したぞ”」


“もう一度、勉強し直した”って、私がお茶会でミネルに言ったセリフだ。

私が言った事、ずっと気にしていたのかな。


ミネルって、何かと上から目線で、素直なのか、素直じゃないのか、よく分からない性格をしているなぁと思っていたけど……。

面白いし、可愛いところもあるじゃない。

それに──


「ミネルって少しだけセレスに似てるね(笑)」

「はっ!!?」


ついつい、思った事を口に出してしまった。


ミネルは予想もしていなかった人物の名前が出てきた事に驚いたのか、口をポカンと開けたまま固まっている。

その後、すぐに嫌そうな顔に切り替わったけど。


「セレス!? 全然似ている要素なんてないだろう。お前の思考回路はどうなっている!」


最後の最後でミネルを怒らせてしまった。


「褒めたつもりだったんだけど」

「セレスだぞ? どう考えたらそうなる!?」


すると、エレもミネルに同意してきた。


「さすがにセレスに似ているは、かわいそうだよ」


まさかの、ここにはいないセレスがディスられるという展開……。

ごめんね、セレス。当分、文句言わずにマドレーヌを食べるから許してね。


「弟のエレの方が優秀だな」

「そんな事、私自身がよーく知ってるよ」


自分で言ったセリフに少しへこんでいると、ミネルが「バカだな」と笑った。




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その後は……というと、今もミネルとは順調に文通が続いている。

最近届いたミネルからの手紙には『そろそろ、お茶会が開催されるらしいぞ』と書いてあった。


そうか、そろそろお茶会が開かれるのか。

知らなかったな。後で、お父様に聞いてみよう。


それにしても、“あの”お茶会から、もう1年が経つのかぁ。

時が経つのは早いっていうけど、本当だな。



……あれ? 私って今、10歳だ。

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