9歳、ミネルに会いに行く(前編)
“あのお茶会”の日から、約半年が経った。
……という事は、ミネルに手紙を出し続けて、約半年が経ったという事にもなる。
私とエレの事を分かってもらおうと思って書き始めた手紙だったけど、いつの間にか、何気ない日常を伝える内容に変わっていた。
最初は私やエレの事を書いていたはずなんだけど……どこで、そうなってしまったんだろう??
でも今では、ミネルも手紙の返事をくれるようになったから、結果的に良かったのかも。
最初の手紙は返事をもらえなかった。
2通目に出した手紙には返事が来たけど、『もう気にしなくていい』としか書かれていなかった。
『もう気にしなくていい』と言われているのに手紙を出し続けるのは逆効果かなと思い、最後にもう1通だけ出そうと決めて手紙を書いたんだっけ。
最後になるはずだった3通目の手紙は、正直、書く事がなくなってしまい、その日あった出来事を日記のように書いた。
『今日はエレとかくれんぼをしたよ』とか、新しく勉強した事などを手紙にして送ったら、まさかの返事がきたんだよなぁ。
『かくれんぼって何ですか? 詳しく教えてほしい』って。
この世界に”かくれんぼ”がない事をすっかり忘れていて、ついつい手紙に書いてしまっただけなんだけど、まさかそれがミネルの興味につながるとは……。
それからというもの、自然と手紙のやり取りが続き、今に至っている。
最近ではミネルも自分の事を色々と書いてくれるので、お互いに学んだ事などを情報交換したり……と、手紙を通して良い関係が続いている。
特に《知恵の魔法》について、教えてもらえた事は嬉しかった。
そもそもこの世界には名字という概念がない。だから私も”アリア”という名前しかない。
名字がないからなのか、この国で名前をつける時は、既に使われてる名前は使えないというルールがある。
お父様にこの話を聞いた時、親が子供につけたいと思った名前がつけられないの!? と、驚いた覚えがある。
まあ、それは置いといて……その名前を管理しているのが、《知恵の魔法》を使う人達だというところまでは私も知っていた。
とはいえ実際のところ、どのように管理しているのかまでは、さすがに知らなかった。
ミネルからの手紙で《知恵の魔法》を使う人は、手からぱっと手帳のような物を出せるらしく、ミネルはそれを”ナレッジ”と呼んでいた。
”ナレッジ”には様々な種類があり、その中の一つに、名前を管理している”ナレッジ”があるのだそうだ。
《知恵の魔法》を使う人達が管理しているという事は、もしかしたら魔法を使ってるのかな? と思っていたけど、まさか本当に魔法で管理しているとは!!
手紙を読んだ時は、最高にワクワクしたなぁ。
この世界に来て、なんだかんだ2年半くらい経つけど、実はまだ直接、魔法を見た事がない。
お父様とお母様は普段魔法を使わないし、エレは魔法を見られる事に抵抗があるのか、使う気配すらない。
手紙の影響は思っていたよりも大きく、私の「魔法を見てみたい!」という好奇心がどんどん抑えきれなくなってきた。
気づけば、ミネルに送る手紙の中に『今度、家まで遊びに行くので、魔法を見せてほしい』などと書いていた。
……どんな返事がくるかなぁ。
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私の予想をはるかに上回る早さで、ミネルから返事が来た。
『色々と話がしたいと思っていたから歓迎する。魔法も僕が使える範囲でお見せしよう。予定があえば、エレもぜひ一緒に』
エレも一緒に……という事は、エレにも来てほしいという事だよね。
んー、前みたいな事はさすがに起きないとは思うけど、こればかりはエレ自身が行きたいかどうかだよねぇ。
よし!エレに聞いてから、返事をしよう。
エレに事情を説明し、行くかどうか尋ねてみると、まず、私とミネルが文通をしている事に驚いていた。
そっか、エレには話してなかったっけ。
「教えてほしかったな」って可愛く言うから、「ごめんね。今度からちゃんと伝えるね」と約束した。
エレは、本当に寂しがり屋だなぁ。
肝心の返事はというと「もちろん、僕も行く!!」と非常に意欲的だったので、今度は私が驚いた。
エレもミネルと一度、ちゃんとした話がしたかったんだな。
私だけ、手紙のやり取りをして申し訳なかったな。
その後、ミネルと会う日を決め、『手土産として、前に手紙で書いてあった”りんごジュース”を持ってこい』と言われた。
手土産を指定してくるなんて、さすがミネルだ。
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そして、当日。
私とエレは、ミネルの家へと向かった。
途中、エレの様子を窺ったけど、いつもと変わらなさそう。
本当にあの時の事は気にしていないみたい。良かった。
ミネルの家は、セレスの家に負けないくらい大きな家だった。
私の家もそうだけど、やはり幼なじみ達は、みんな身分の高い家柄のようだ。
中に入ると、メイドさんがミネルの部屋まで案内してくれた。
「ミネル様、アリア様とエレ様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
扉が開き、部屋の中へと通される。私とエレが足を踏み入れると、そこには見渡す限りの、本、本、本……。
すごい、本に囲まれた部屋だ。
「久しぶり、ミネル。これ、約束の”りんごジュース”持ってきたよ」
「ああ、ありがとう。飲んでみたいから、早速、準備をさせよう」
そう言って、ミネルは先ほどのメイドさんを呼び出し、”りんごジュース”を渡した。
彼女に準備をしてもらっている間、エレがミネルへと挨拶する。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いや……その、あの時は悪かった。改めて、謝罪させてほしい。あの後、あまりにも偏った知識しか得ていなかったと知って……。その、なんていうか……」
歯切れの悪い口調でミネルが返事をする。
「いえ、分かって頂けただけで充分です。僕は気にしていませんから」
「そうか」
なんて、感動的なやり取り。特にエレ!なんていい子!!
私は無意識のうちに、エレの頭をなでていた。
おっと、そうじゃない。私も言わなきゃ。
「ミネル、私もごめんね」
「何のことだ?」
多分、ミネルは何の事か分かっている。
それでもとぼけるという事は、もうこれ以上は言わない方がいいだろう。
手紙では、もう普通のやり取りにはなっていたけど、今日が本当の意味での仲直りだ!!
いつまでも引きずるなんて良くないし、どうせなら話題を変えよう。
「ねえ、ミネルの部屋って、たくさん本があるね。書庫とかないの?」
「書庫はある。この部屋にあるのは、まだ読んでいない本やまた読みたい本などが大半で、すぐに読めるよう近い場所に置いてあるんだ」
すぐに読めるように置いてある本の数……さすがに多すぎません!?
そんなやり取りをしていると「お茶のご用意ができました」とメイドさんから声が掛かる。
あれ?ここで飲むんじゃないんだと思っていたら、ミネルが隣の部屋へと案内してくれた。
えっ、えー!!ミネルの部屋広すぎじゃない?
「ミネルって、本が置いてある部屋の他に何部屋持ってるの?」
「今から案内する部屋と、寝室を入れたら3部屋だ」
すごいな。一人暮らしの家より広いんじゃ……。
新しく案内された部屋に入ると、早速ミネルは興味津々といった顔でりんごジュースを口に含んだ。
「……お前、美味しいって言ってたけど、甘いぞ」
「これで、甘い!?」
口調が大人びているだけでなく、舌まで大人びているのかっ!!
りんごジュースはいまいちだったようだけど、その後は手紙でもよくやり取りしている”魔法”について話が盛り上がった。
「私さ、聞きたい事があって。みんなが把握していない魔法ってあるの?」
「把握していない魔法って?」
私の質問に、ミネルが首を傾げる。上手く伝わらなかったらしい。
「ミネルなら《知恵の魔法》だし、セレスなら《土の魔法》でしょ?例えば、誰も知らないような国の奥地に住んでいる人が、本にも載っていない誰も知らない魔法......《時間の魔法》が使えるとか……そういう可能性ってないのかなって思って」
「そんな話は聞いた事がないし、過去にそういった前例もない。そして多分、思いつきで言った《時間の魔法》なんてものもない。本当に変わったことばかり思いつくな」
「そうかあ、前例もないのか。じゃあ、可能性として低いね。残念」
まだまだ知らない魔法がたくさんあるって心のどこかで思ってたから、本当に残念だ。でも可能性はゼロではないはず。
「ミネルはもう魔法を使って何かしているの?」
「そうだな、父の手伝い程度の事はしている」
おぉ、セレスもそうだけど、幼なじみ達は本当に優秀だ。
「へえ、すごい」
「お前はどうなんだ? 魔法の方は?」
「それが、まだ。使える気配もない……って、お前、お前って、”アリア”っていう名前があるんだけど!」
「そうか、使えるようになるのは学校入ってからかもな」
そうか……って、名前の事は無視かい!!
「まあ、お前の場合、ずっと使えない可能性もある」
「それは! 思っていても言ってはいけないセリフ!!」
……って、あれ?私、何か忘れてない?
なんだっけ??
そうだ!
肝心の魔法をまだ見せてもらってない!!
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