第37話 廃校の行方
秋季大会。
通常、全国を地区ごとに10のブロックに分けて、毎年開催され、この大会で優秀な成績を収めた高校が、翌年春の選抜高校野球大会に選出され、いわゆる「春の選抜甲子園」に出場できる。
埼玉県では、9月頭から順次試合が開始される。
最低でも、ここでベスト8、せめてベスト16くらいの成績を残さないと、選抜はされないのだが。
しかも、3年生が引退した直後で、各高校ともまだ新しいチームに馴染んでいない頃だ。我が校はと言うと、春とまったく変わらないメンバーだからチャンスはある。
そして、彼女たちはというと。
負けていた。
初戦、第2戦の地区予選はそれほど強豪校と当たらなかったから、勝っていたが、次の戦いで、強豪の花崎実業と当たり、しかも0-3であっさり負けてしまった。
結果、選抜甲子園出場は夢と消える。
(
俺が懸念した通り、夏に向けて燃焼していた彼女たちの気持ちが、やはり緩んでいたのが原因だろう。
あるいは、主将の潮崎を始め、もしかすると、甲子園=夏の甲子園にしか興味がないのかもしれないし、廃校の事もあるから気持ちはわからなくもないが。
だが、彼女たちは一気にやる気も目標も失ってしまった。
再び沈むナイン。
ところが、ある出来事がきっかけで、彼女たちは再度「燃え上がる」ことになる。
10月。
ある日、校長室に呼び出された俺は、秋山校長から衝撃的とも言える一言をもらうことになる。
「廃校は文部科学省が決めるものなんだが」
と前置きした後で、
「試しに条件を出して、それを達成したら、一年延期してくれないか、とお願いしたんだ。そしたら、何とOKが出た」
と、嬉々として語り出した。
「その条件とは何ですか?」
次の言葉が、俺たちの運命を決定づけることになってしまう。
「合併先の秩父第一高校の男子硬式野球部。そこにウチの女子硬式野球部が試合で勝てたら、条件達成になる」
信じられないことだった。廃校が決まっている高校に、そんな条件を出してくる文部科学省もどうかしていると思うが、そもそも男子と野球をやって勝て、とは無謀にもほどがある。
いくら同じ野球をやっていても、小学生ならまだしも、高校生では男女差がありすぎる。
しかも、相手の秩父第一高校は、野球を始めスポーツが盛んな高校だ。この夏の埼玉県予選でも、男子はベスト16まで勝ち進んでいる。
残念ながら、この秋季大会では地区予選で負けていたが、その分、我が校と同じように試合をする時間があった。
「校長。いくらなんでも無謀すぎます。勝てるわけないじゃないですか?」
俺は呆れるしかなかった。
同時に、この校長は、やはり「食わせ者」だと思うのだった。廃校阻止のためとはいえ、悪く言えば女子硬式野球部が「ダシ」に使われているわけだ。
「そんなことないよ。勝負はやってみないとわからない。それに、負けたって、所詮は学校がなくなるだけだ。我々に失う物などない」
強気に発言しているが、どうも一杯食わされた気がしてならなかった。
「試合は2週間後。向こうはそれでいいと言ってきたから、しっかり準備してくれ」
半ば一方的に決められていた。
(いくらなんでも無理だ)
さすがにこの事態は、予想していなかったし、同時に、俺としては「勝てるわけがない」と思い、完全に「負け戦」の予感しかしなかった。
もうどうせなら、華々しく散ろう。
来年には、どうせその秩父第一と合併するのだから。そう思っていたが。
放課後、部室に行って、彼女たちにそのことを告げると。
「男子と試合ですか? いいですね、燃えますよ!」
エース兼、主将の潮崎が目を輝かせて吠え、
「男なんかに負けるかよ。やってやろうぜ!」
ヤンキーの4番、清原が拳を突きあげていた。
「望むところですわ。わたくしたちの野球を見せてあげましょう」
「女子にだって、野球ができるって、見せるにはいい機会だよー」
「この私がいて、負けるはずがないわ。絶対勝つ!」
それぞれ、吉竹、羽生田、笘篠までもが気合いの入った声を上げていた。
(お前ら。その気合いを秋季大会で見せろよ)
内心、あっさり負けた先の秋季大会のことを思い出して、俺は嘆くのだった。
だが、
「男子とですか? 私は怖いです。デッドボールなんて当たったら、死んじゃいますよ」
「私もです。野蛮な野球をやる男の人となんて、やりたくありません」
約2名。平野と鹿取は反対していた。
残るメンバーの辻は、
「どっちでもいいです。勝てば問題ありません」
と、いつも通りクールな態度だったし、
「私と唯がいれば、勝てるかもですね。ただ、それにはもちろん綿密な計画が必要ですが」
司令塔の伊東は、やはり冷静で、すでに作戦を考えているような顔つきだった。
「力でまともに戦っても勝てませんね」
石毛は、賛成も反対もしなかったが、心配そうに声のトーンを落としていた。
俺は、すでに試合の日程が2週間後に決まっていることを告げると、平野と鹿取は不安そうにしていたが。
「作戦を立てましょう」
まるで主将のように、伊東が仕切って、作戦を立てることになった。
俺も早速、その作戦対策会議に加わるが。
「お前ら。まず男子高校球児の球のスピード、知ってるか?」
そこから議題に上げる。
「うーん。120~140キロくらいだっけ?」
笘篠が呑気な声を上げるが。
「まあ、大体そんなところだろうが、秩父第一のエースは最速145キロを投げるそうだ」
あらかじめ、俺が調べてきた情報を披露すると、
「145キロ!」
「速すぎて、打てねえ!」
「どうすんだよ、これ?」
いきなり部員たちから、絶望の気持ちが籠った声が次々に上がる。
当たり前だが、これが現実で、プロ注目の高校球児になると、最速150キロを超えてくる。
普段、彼女たち女子野球部が打っているのは、せいぜい110キロ台。速くても120キロ台がいいところだ。
それよりも20キロ以上も速い。
まずは目を「速さ」に慣れさせることが重要だと思った。伊東もその辺りは同意見だったようで、
「みんな。バッティングセンターで145キロを打つ練習から始めましょう」
と先頭を切って、早速、その日のうちに、秩父市内にあるバッティングセンターに向かうことになった。
なお、守備に関しては、成長した彼女たちを信じていたが、それでも男子が打つ球のスピードは当然、女子のそれを大きく上回る。
その対策もしないといけないが、まずは「打撃」からだった。
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