第3話 秘密の告白

「ルド君は傷口を抑えてじっとしてて。大丈夫。すぐに終わるから」


 そう言って少女が俺に背中を向ける。戦う気だろうか? ドラゴンと。魔人……ではなく今は刻印持ちか。刻印持ちでもドラゴンに単独で勝てる者は限られるのに。少女は人間だ。ひょっとして知らないのだろうか? ドラゴンを。ちょっと大きいモンスターと勘違いしてるのか? 分からない。肉体を手にしたばかりで人間としての感覚が朧げだ。常識については言わずもがなだ。


「少女よ。それはドラゴンと言って魔界の生き物であるモンスターとは違う存在だ。とは言ってもその実力はモンスターにも引けを取らない。いや、はっきり言ってドラゴンは殆どのモンスターよりも上位の存在だ。無理はしない方がいいぞ」

「ありがとう。怪我のせいで変になっててもルド君は優しいね。でもね、私はそんなルド君の優しさにつけ込んでいたの。嘘をついてたの。ごめんさない! ごめんなさいルド君! 何でもするから許して!! 私、私ルド君がいないと生きていけないの!」

「お、おう?」


 なんだ? 少女は何を言おうとしているんだ? ドラゴンの目の前で。凄いヒヤヒヤするぞ。大丈夫なのだろうか、あれ? ドラゴンが攻撃してきてもちゃんと躱せるのか? 心配だ。すごく心配だ。


「初めて会った時、私、名前を出すのも恥ずかしいすっごい田舎から来たって言ったよね? でも、あれは嘘なの。私は聖王国の出身。ごめんなさいルド君。ルド君が望むならルド君に嘘をついたこの舌を引っこ抜いてもいいから。だから許して!!」

「お、おう? いや、舌は抜かなくていいし、幾らでも許すが、少女よ。今は目の前の敵に集中したほうがいいぞ」

「GAA!!」


 ほら、ドラゴンも賛同してる。俺の言葉に。でも少女は聞いてない。あの表情、まるで舞台でスポットライトを浴びてる役者のようだ。


「私は五王星最強『百花のジルド』の刻印を移植するために作られた実験体07。強さだけを求める生活を強いられた私は人生の喜びなんて知らなかった。そう、あの日ルド君に会うまでは。ルド君は自分の甘さが嫌になるって言ってたけど、私はルド君の優しさに救われたんだよ。ありがとう、ルド君。私と出会ってくれて」

「い、いや。俺の方こそシーラと出会えてーー」


 途端、思い出した。シーラ! そう目の前にいる彼女はシーラだ。田舎から出てきた俺が街を彷徨い歩いているとチンピラに絡まれている彼女を見かけて助けに入った。それが出会い。再開はすぐだった。聖ユギル学院Sクラス。俺が新しく通う学校、そこのクラスメイトだったのだ。こんな偶然があるのだろうか? ある。ここに。ああ、人と人の出会いの何と美しいことか。やはり人間は素晴らしい。


「私と出会えて何なの? どうしてそこで言葉を切るの? やっぱり嫌だった? 私のような人工的に作られた女なんて気持ち悪いと思ってる? ごめんなさい! 幾らでも謝るから嫌いにならないでルド君」

「お、おう。いや、すまない。考え事をしてただけだ。俺がシーラを嫌うなんてありえないから心配するな」

「本当!? その言葉、本当なのルド君?」

「勿論だ」

「ありがとう。その言葉だけで私は誰よりも強くなれる」


 何か格好良いことを言いながらシーラは眼鏡を外すと、固めた拳と拳をぶつけた。ガツン! と凄い音がして、後ろで束ねられていた髪がフワリと扇状に広がった。シーラの全身に刻印が浮かび上がる。なるほど、あの刻印は確かにジルドのものだ。


「ドラゴン、貴方に恨みはないけどルド君に手を出す者は誰であろうと私が許さない。子爵級悪魔すら退けた伝説の男、その力の一端を見せてあげる」


 これは凄い。シーラが放つ魔力。十代でここまでの力を持つ者は三百年前にはいなかった。当のジルドでさえ。進んでいるのだ。時代は。人間はただ悪魔に蹂躙されていたわけではないのだ。


「GAAA!!」


 臨戦体制のシーラを前にドラゴンが獰猛さを取り戻す。もういいのか? そう言いたげだ。シーラの拳に魔力が集中し、それが光を放った。


「ジルド戦技『極光』」

「GAAAA!!」


 そうしてシーラとドラゴンが激突する。それに俺は……俺はどうすればいいだろうか? 今ひとつ展開に付いていけない。そう感じている自分がいた。


 ドラゴンを倒すことは無論できる。簡単だ。だがでしゃばりではないだろうか? シーラは凄い気合が入っている。なんか知らないが秘密を打ち明けていた。聞いてないのに。なのに俺が一捻り。……構わないか? 別に。戦いだし。だが万が一にもシーラに嫌われたくはない。だから一先ず様子を見よう。それでピンチになれば助ければ良いのだ。うん、これがいい。これで行こう。そう決めた。だから見学する。シーラとドラゴンの戦いを。

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