崩れし城は輝く

NOTTI

第1話:下剋上

 2021年3月某日。サンライズトレーディングジャパンの役員人事および役職者の人事が発表された。まず、今年は役員が2名期間満了で退任し、新たに4名の役員が就任することになった。その中には大口の取引先であるドラゴンパーソナライズ・ジャパンの常山友孝社内取締役やグローバルランナー・ジャパンの小山内恭一朗日本支社取締役など面々が豪華になり、その中でも日用品販売大手・サンダーライフの佐多賢太社長は若干36歳で国際企業の役員になってしまったのだ。というのも、サンダーライフは日用品業界で急成長している会社の一つで、次年度から海外輸出を行う子会社が発足し、本格的な貿易業務が始動することもあり、当該子会社に対してTOB(株式公開買い付け)を行い、最終的にはM&A(吸収&合併)する事で資本業務提携を締結したのだ。


 そして、多くの社員は来年度の役職者がどのような配置になるのかを気にしていた。なぜなら、今年度で部長が3人、次長が2人、課長が5人とかなりの多くの役職者が定年退職により次年度からは再雇用社員として会社には残るが、役職は配置換えする条件になっていたため、今回の人事に対する社員の注目度は日に日に高まっていった。


 そして、今回の人事全体が発表になった瞬間多くの人が首をかしげ、虚を突かれた。


 それは“国際業務部長補佐兼役職秘書:上川大祐”だった。この公示をみた他の社員はびっくりし、特に彼を知っている社員からは「上川君に役職者を任せるって社長は会社を潰す気なのだろうか?」・「彼の社員評価はあまり良くないはずなのになぜ?」という否定的な声が飛び交っていた。


 確かに、彼のこれまでの行動を鑑みると役職につくような社員ではないと思われることは何らおかしな事ではない。むしろ、彼が役職をわずか26歳で手に入れてしまうことは周囲からすると何か裏があるのではないかと疑いの目を持たざるを得ないような状態になっていた。


 しかし、彼にはある特技があった。それは“マルチリンガル”ということだ。これは、一部の彼との交流や同部署の社員しか知らない秘密だった。そのため、彼の事を知らない社員にとっては寝耳に水のような話しだった。そして、彼は以前にサンライズトレーディングアメリカの社屋建設の視察団として社長や事業部長など上層部と帯同した過去を持っていて、その際も現地では多国語を操って現地の建設担当者などから情報を収集していた。そして、アメリカの支社は日本にある本社から完成時には30人の社員が異動することになり、大型人事が発動することになる。そのため、彼がアメリカ支社の社員として異動することはほぼ確定しているということはこの時点で同期だけは少しずつ理解していた。


 そんな彼がなぜこのポジションに立てるまでになったのか?


 この時は誰も彼の過去をまだ知らなかったが、彼は陰で努力をしていたという話しも周囲からは聞こえていた。ただ、彼が入社したときに味わった屈辱を考えるとそこまで深刻ではないと。そう思える状況になっていることは事実だろう。


 ただ、次第に彼らの中に違和感を覚えることが増えた。それは、会長である戸川純一郎が自身の派閥を社内に送り込むのではないか?という風の噂だった。


 実はこの頃社長である澤中祐太朗という若干40歳で社長職に上り詰めた若手社長がいた。この社長は長内派の分派である澤中派という派閥の派閥長であり、長内派の青年会長も兼務するエリート中のエリートだ。澤中派のメンバーの1人に勝端雄一という33歳で課長補佐、プロジェクトをするとプロジェクトマネージャーとして最前線に立つような人材がいる。その勝端は来年の4月から国際総務部に部長として着任することが決まっていた。


 一方で倉沢賢太という総合管理部アジア課の課長補佐がいるが、彼は戸川派で長内派の社員を敵対視していて、経営方針も真っ向から真逆の価値観を持っており、総合管理部の部下などはかなり恐れていた。そのため、彼はどちらかというと同じ部署内では浮いている存在だった。


 彼は総合管理部が澤中社長の考えで蔓延していたことで、異動をして新しい環境に身を置きたかったという。ただ、彼の中に譲歩という考えは到底生まれることはなく、改革という気持ちだけが彼の原動力になっていた。しかし、彼の派閥はこの部署に20人ほどしかいないが、全員が今年度をもって異動もしくは産後休暇などの長期休暇を取得する社員が多いため、来年度は彼の派閥は5人程度に減ってしまうのだ。


 一方で上川が求めるのは改革よりも安定と社員の労働スタイルの柔軟性であり、倉沢我求めている“新しい事業への投資”や“既存事業における業務整理”など改革とは程遠い考え方だ。つまり、上川と倉沢は真逆の考えを持っていることによりずっと交わらない2人なのだ。


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