魔王、再びご満悦
取材も終えたので、ボクらはこの地を離れることにした。
「ニュウゼンさんは、残るんですね?」
「はい。修行が目的だったので。旅は、こちらで鍛練を積んでからにしようかと」
「また会える日を、楽しみにしています」
「ありがとうございます。では」
館長とニュウゼンさんに見送られて、ボクたちは山を下りる。
傍らには、ラジューナちゃんとドルパさんも一緒だ。
「カズユキ様、シズク様。この度はお嬢様のワガママを通してくださって」
「いえいえ。ワガママだなんて」
温泉は、誰だって受け入れてくれる。悪意さえなければ。
ボクたちはただ、案内をしたまで。
「しかし、ハシャぎ足らん。もっと遊べる場所がよかったのう。美人の湯とかはええわい」
「じゃあ、とっておきの場所があるよ。案内するね」
「ホント!?」
偉大なる権力者様が、子どものような反応を示した。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
「わーい」
ボクがワーカピバラ温泉を教えてあげたら、二人ともハシャぎながら湯を楽しんでいる。
ラジューナちゃんは、チビカピバラとまったりくつろいでいた。カピバラの首にしがみつき、引っ張ってもらっている。
「はーあ。癒やされます。お嬢様のお相手をしてくださって。お互い、小さい子どもを相手するのは大変ですね」
ドルパさんも、ワーカピバラの奥さんと語らう。
どうやら、話が通じているみたい。
「お前も入るのだ! 人の子よ!」
ボクに警戒心を解いてくれたのか、あるいはテンションが上がりきったのか、ラジューナちゃんがボクを誘ってくれた。
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」
ミノタウロスのにごり湯は途中退場しちゃったから、カピバラ温泉は手加減しないぞ。
「よく、ボクを入れてくれるようになったね」
「お前はワーカピバラ同様、無害だとわかったからな!」
女神様に続いて、魔王様の信頼をも得たらしい。
ボク、どうなっちゃうんだろう?
「美肌の効能が、まさかああいった理由だったなんて」
「温泉に浸かっていれば、血行がよくなるからね」
汗をかいて、デトックスの効果も多少はあるだろう。
「でもさ、どうして美肌にこだわっていたわけ?」
「女の子には、色々とあるんです。私って、旅先でよく汚れるじゃないですか。少しでもキレイにしておかないと、美に無頓着になるので」
「シズクちゃんくらいかわいかったら、美人の湯なんて頼らなくても」
「そ、そういうところです! そういうところなんですぅ!」
自分の胸を抱きしめて、シズクちゃんがアワアワする。
「なあ、人の子よ」
唐突に、ラジューナちゃんが声をかけてきた。
「うん?」
「そなたも男故、胸の大きなオナゴが欲しいかえ?」
「どうしたの、藪から棒に?」
質問の意図が掴めない。
豊乳を求めているのは、何かワケありか?
バカにされただけではない?
「だって、たわわな伴侶を連れておるではないかっ」
シズクちゃんのことを言っているのか。
「私は、この人の嫁ではありません!」
「そのとおり。シズクちゃんはパートナーだよ。でも、お嫁さんじゃない。親しくはしてくれているけれど」
「ですですっ」
ボクに続いて、シズクちゃんも肯定する。
「わらわは、男子から胸のなさを指摘されてのう。そんなにスタイルのよさは、魔王にとっても必要なのじゃろうか」
それで、豊乳の湯を求めていたと。
少しでも威厳を持ちたいから。
「体型の善し悪しだけで人を判断するような相手は、縁を切ろう」
「ほむ?」
「ワーカピバラ族さんは、見た目はカピバラそのものだけれど、言葉を覚えてちゃんと近隣の村や街と交流している。随分と長い時間が掛かったそうだよ」
そこにはさまざまな偏見があったらしい。
でも、彼らは少しずつ乗り越えた。
愛玩動物扱いされそうになったけれど、今では人格があるのだと理解してもらえている。
外見が人と違うから、変わっているからと最初から決めてかかるなら、交流なんてこちらから願い下げだ。
大事なのは、彼らが何をしたかだろう。
それを見てもらえばいい。
「だから、これからなんじゃない? ラジューナちゃんにだって、キミにしか出せない魅力があるはずだからね」
「うむ。わらわ自信付いた」
胸を張り、ラジューナちゃんはまたカピバラたちと遊び始めた。
「胸は手に入りませんでしたが、お嬢様は満足しているようでなによりです」
「うむ。胸などなくても、わらわは魅力的なのだ!」
その通りである。子どもだからと見下してくるのは、相手も子ども故にだ。
自分が成長すればいい。
「ボクは、シズクちゃんの役に立ててる?」
「どうでしょうねぇ」
戦闘だとボクは役に立たないし、レポートもこなせているかどうか。
「少なくとも、命令で側にいるわけではないですね」
「そうだね。ボクは弱いから」
落ち込んでいると、シズクちゃんは微笑む。
「弱いからサポートしているだけ、だと思っていたんですか?」
「え、違うの?」
「少なくとも、イヤイヤ仕事しているわけではないので、そこはご安心を」
「だったら、ボクのどこが」
「あーもう知りません。ずっと悩んでてくださーい」
結局、シズクちゃんからは満足な答えは得られなかった。
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