魔王ご満悦
道場の脇にある、洞窟へと通された。
「うわ、見事な乳白色!」
風呂に広がる驚きの白さに、シズクちゃんが目を丸くする。
「にごり湯かー。これはこれで趣があるね」
牛乳風呂といっているが、そんなにヌメヌメしていない。
湯の質感はサラサラだ。
スタンバイをして、ボクたちは取材を開始した。
『みなさん、ごきげんようです。秘湯調査隊のシズクです。です私は今、秘境中の秘境、ホルスタ院まで来ています。実はココなんですが、美人の湯としてウワサされていますが、実際はそうではないことが判明しました。真相を明らかにするため、実際に入ってみたいと思います!』
早速、入浴する。
温度は丁度いい。
入った瞬間、肩が解れていくのがわかった。
『あ~。身体にあっかたいのが染み渡りますぅ!』
湯に浸かった瞬間、シズクちゃんがだらしない顔になる。
「よいでしょよいでしょ。二〇〇〇年前からある源泉ですからな!」
興奮した館長が、湯から立ち上がった。
バスタオルを撒いているのに、突起が浮かび上がっている。
全然、大事な部分が隠せていない。
「落ち着いてください館長。のぼせますよ」
館長の痴態を、ボクが盾になって隠す。
センシティブな映像を、撮りに来たわけじゃない。
「失敬。つい昂ぶってしまいましたな。牛獣人なモノで」
冷静になった館長が、湯に浸かり直す。
「気持ちいいですよ。ニュウゼンさんもどうぞ」
「ええ。では」
バスタオルを巻いた状態で、ニュウゼンさんは湯に入る。
「はあ、旅の疲れが取れます。張っていた足が、みるみる柔らかくなっていきますなあ」
「そうでしょうそうでしょう」
まったりした空気が、牛乳風呂に流れた。
ただ、気になることがひとつある。
「どうしたんです、お二方」
ドルパさん共々に服を脱ぎ終えて、あとは湯につかるのみ。
しかし、魔王は入浴しようとしない。
あれだけ入りたがっていたのに。
「おとこのひととはいるの、はずかしい」
いきなり、魔王が幼児退行した。
「わかった。ゴメンゴメン。気が利かなかったね! ボクは出よう」
気分を味わいたければ、魔王たちの入浴が済んだ後に入ればいいし。
「二人とも、どうぞ」
「すいません。お嬢様がワガママで」
「いいんですよ。ここまで来て入れないなんて、もったいないですから」
安心して、魔王パーティが風呂へ。
「ほっ」
効能がないと判明したが、魔王は温泉の温かさに満足しているみたい。すっかり牙が抜けていた。
「実に心地よいです。館長殿」
ローブでわからなかったけれど、ドルパさんもすごく立派な果実をお持ちだ。
「すごいです。重い物をぶら下げている故、心なしか肩が軽くなったような気が」
ドルパさんが肩を回す。
その様子を、ラジューナちゃんがうらやましそうに見つめていた。
『ホントですね、スタイルがよくなったのかな。それとも美人の湯は本当だったのかも……』
湯を腕に滑らせながら、シズクちゃんも肌の質を実感する。
期待に胸を膨らませているかのような。
館長が、「そうなんです!」と指を立てた。
「豊胸にはまるで影響しませんが、疲れが一瞬で取れます。えっへん」
滝行で肩にかかった負担を軽減するために、ほぐしの効能を施したという。
「この白濁状の成分が、肩を和らげてくれるのです! 我らミノタウロス族の誇る、叡智なのですぞ。えっへん」
鼻高々に、館長は大きな胸をそらす。
その説明で、ボクはピンとくる。
「なるほど! 胸の大きい人の肩こりを解消する効能が、いつのまにか『豊胸に効果がある』と伝わってしまったんですね?」
「おそらくは。どこをどうすれば、そんな発想に行き着くのか」
にごり湯という特性、肩こりを治す効能が、利用者の認知を歪ませてしまったのだろう。
『そういうことかー。よくわかりましたっ。まさに、秘境にある回復の泉ですね』
ようやく、【美人の湯】の正体が掴めた。
取材も終盤になり、シズクちゃんは「この湯は豊胸とは全く関係ない」と強調する。これで、もう安心だろう。
ラジューナちゃんが、湯に入れなくて手持ち無沙汰のボクをジッと見る。
「足だけでも付けていい?」
「許可する」
ボクは、足だけ入れてもらえた。
さっき入ったし、これでいいか。
「ぷはー。このコーヒー牛乳とやらはええもんじゃ!」
魔王の入浴も、取材も無事に終えた。
「無礼をお許しください、みなさん。ラジューナお嬢様はお胸が小さいことで、他の魔王たちからバカにされておりまして」
「魔王って、色々いるんですね」
てっきり、一人しかいないんだと思っていたけれど。
「大陸ごとに、魔族を統率している魔王が点在しています」
ならば、旅を続けていれば別の魔王に遭遇するかも。
「どの魔王も、ラジューナお嬢様ほどの権力はもっておりませんが。せいぜい、小国の領主程度でして。その点、ラジューナお嬢様はお父上の所持する大陸を引き継ぐ予定です」
「わらわはエライのだ。わっはっはー」
胸をのけぞらせて、ラジューナちゃんが威張る。
「しかして人の子よ。感謝するぞ」
「うんうん。こちらこそありがとう」
「う、うむ!」
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