温泉が作れないならサウナを作ればいいじゃない
「これ」と、玄室の奥にある出入り口に、リムさんが声をかけた。
配下らしきドレイク族が、ボクたちの前に現れる。
メイドさんの格好をしていた。
「下の応接室に、茶をお持ちせよ」
「かしこまりました」
メイドさんが、玄室の奥へ向かう。
どうやら、お菓子を振る舞ってくれるらしい。ありがたいね。
「では、応接間に案内しようぞ。ついて参れ」
リムさんの後へついていく。
「人型にもなれるんですね? 私も長いことガイドの仕事をしていますが、人型ドラゴンは初めて見ましたよ」
「うむ。主に戦闘用のハンデだがな」
ドラゴンという幻獣の性質上、腕自慢にケンカを売られることが多いらしい。しかし、ハンデをあげないと軽く相手を粉々にしてしまうんだとか。
「ついさっきも、武勲を立てようとこしゃくな魔族が来たわい。暇つぶしにもならんかった」
人型でワンパンしたら、その魔族は泣いて帰ったという。
怖い。
「一戦交えてみるか?」
「ムリムリムリ! 遠慮します」
シズクちゃんが高速で首を振った。
「はて。そこのヒョロモヤシはともかく、お主ならいい線行くと思ったがのう」
「断固お断りします。分の悪い腕試しはしない主義なので!」
「お主はヴォーパルバニーじゃろ? すばしっこさでは、ドラゴンの上を行く。一度戦ってみたかったのじゃ」
リムさんは笑っているけれど、目が本気だ。闘争本能剥き出し。
「光栄ですけど、ムリなものはムリです! あなたの外皮を蹴った途端、こちらの足が砕けるのは目に見えてますって!」
心底残念そうに、リムさんは引き下がった。
他にも、人間とコンタクトを取るときは、この姿の方が口も動かしやすいそうだ。街を歩くときも、この姿で買い物などをするらしい。
「人里に降りるんですね?」
「もちろんじゃ。人の様子を見に行かねば、時代に取り残されてしまうからのう。人の文化は、我々のような原生生物には刺激的なのじゃ」
人間の文明に、ドラゴンは興味津々の様子である。何を学習するんだろう? 興味があるね。
「さすがに全裸は、ちょっと刺激的では?」
「ほほう。爬虫類とはいえ、この姿は目のやり場に困るか」
リムさんはウロコで服を作った。
それでも龍柄のジャケットにホットパンツ、ニーソックスだけれど。
センスが一昔前のヤンキーだな。
「そのお姿で、街へ?」
「うむ。みんなが注目するのじゃが、やはりドラゴンは目立つのかのう?」
こんな美人が歩いていたら、そりゃあ見るだろう。
「着いたぞ」
それっぽいイスとテーブルが、応接室に置かれていた。
テーブルは豪華な石で、イスは丸太だが。
「エレガントじゃろ?」
「そうですね。いろんな意味で」
ドレイク族のメイドさんが、お茶とお菓子を持ってきてくれた。
といっても、形の歪なおせんべいと、ほうじ茶だ。
おせんべいは、郷土土産みたいな独特の風味がある。
お茶は普通だ。
他の人だとどう反応するか謎だけど、ボクは好きな味である。
おそらくだけど、人間の文化をマネているらしかった。
それらを、ドラゴン族なりの文明レベルで再現したっぽい。
とはいえ、彼女らの信頼を得られてうれしかった。
「再度聞くが、本当に財宝はいらんのだな?」
念を押すかのように、リムさんが尋ねてくる。
「この地を訪れる冒険者はみな、この金銀財宝の山を見て色めき立つぞ。我が手を下さずとも、仲間同士で殺し合いを始めるほどにな」
それだけ、財宝は魅力的なのだろう。普通の冒険者からすると。
「ボクは女神さまから、結構な額をいただいています。冒険者として路頭に迷うこともないので」
「その日暮らしの冒険者というより、派遣されてきた調査隊のポジションですよね、私たちは」
リムさんは、話を黙って聞いていた。
「この間やってきた地質調査隊が、我の宝から金貨をくすねようとしたぞ。胃袋の中で宝と運命を共にさせてやったが」
なにやってんの、公務員!
「手土産もなく、申し訳ないのう。そこまで文化に詳しいわけではなく、気が利かぬで」
「いえ。滅相もありません。素敵なお心遣いでした。ただ……」
「どうなされた? 我のおもてなしにご不満か?」
ボクが辺りを見回していると、リムさんが首をかしげた。
「ここって、温泉はないんですよね? ボクたちが来たのも、そのためでして」
「話に出ておったのう。なんでも、【せーぶぽいんと】なるモノが必要だとか」
聞く限りだと、ここは魔族も襲ってくる。
となると、冒険者が彼らと接触する可能性だって高いわけだ。
ケガだってするかも。
「温泉という類いは、ここにはないのう」
「回復の泉などは」
「我も従者もリジェネ持ち。つまり、自然と回復できるからのう」
ドラゴン族は、傷を再生できる種族だったっけ。
ましてや、ドラゴンにダメージを負わせられるなんて限られている。
おそらく、勇者か魔王クラスだろう。
「こちらを攻めてくる者たちも、エリクサーなど万全の体制でくるでな。こちらから準備する必要性もなく。せっかく足を運んでくれたのに、ご期待に添えず」
「とんでもありません、お招きありがとうございます」
無茶を言ったこちらが悪いのだ。今日は出直すか。
レッドドラゴンの熱を持ってすれば、温泉を作り上げることも容易かと思ったんだけれど。
せめてサウナくらいは……あっ!
「待てよ。サウナならできるかも!」
客人が来たときに発生させるサウナ程度なら、彼女たちが手を出す必要もないだろう。
いざとなったら、水場に逃げればいい。
この水風呂は流水だ。温度変化も少なかろう。
「どうにかなりそうです。そこでひとつ、ご相談が」
「うむ。なんなりと」
「では」と遠慮なく、ボクはリムさんに手を差し出す。
「ニーソックスをください。今はいているモノを」
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