ノー秘湯、ノーライフ

 エリクサーって実在するんだなぁ。

 

 ゲームで聞いたことがある名前だ。


 たしか、体力を完全回復してくれる魔法の薬だっけ。


「貴重すぎてな。見つけて以来一度も使っていない」


 リアルな世界でも、こんな「もったいない精神」があるなんて。ちょっと面白いね。


 休憩を終えて、支度をする。 


「いいお湯でしたね、カズユキさん。とはいえ、こんなもんじゃないでしょうね」

「もちろんだ。先に進もう」


 ここまで来て足湯だけ、ってことはないだろう。

 もっとすごい温泉がある!


「カズユキ、聞いていいかしら? ヴォーパルバニー族なんて、どうやって仲間にしたの?」

 シャンパさんが、ボクに聞いてきた。


 獣人族の中でも、ヴォーパルバニーはとりわけ警戒心が強いのだとか。道案内などはすれど、人間とパーティを組むことはめったにないという。


「命令ですよ。ボクを雇った女神様の指示で、付き添ってもらっているんです」

 できるだけ詳しく、ボクはシャンパさんに事情を話す。


「へえ。わざわざこの地に転移させるなんて、相当あなたの腕を見込んだのね。で、ウサギちゃんの意志はなくて?」


「そーですねぇ」

 少し考え込んで、シズクちゃんは続けた。

「カズユキさんは、命の恩人ですから」

 苦笑いを混ぜながら、シズクちゃんは答える。


「ああ、なるほど。惚れちゃったのね?」


「ちちち違います! 誰がこんな温泉ヘンタイなんて!?」

 身体を震わせて、シズクちゃんは全面拒絶した。


「強がるところなんて、ますます怪しいわねぇ」

「だから違いますって! ああもう邪魔ぁ!」


 視界に入ったスケルトンの頭を、シズクちゃんは蹴飛ばす。


「また、エリクサーをドロップしたわ」

 シャンパさんが、ゲットしたエリクサーをアイテムボックスへ。


「静かに。どうやら終点らしいぜ」


 先頭で剣を構えるオケアノスの、口角がつり上がっていた。


 その場所は財宝で溢れ、金貨が山になっている。宝物庫だ。


「なんですか、あのガイコツは?」


 恐竜の化石ほどに大きいガイコツが、ゴツゴツした玉座に鎮座している。その体格は、巨人族を思わせた。


不死の王ノーライフ・キングか。この地を守る守護者のようだな」


 古代人のミイラが、瘴気を吸って巨大化したのではないか、とのこと。


「あの玉座の裏にあるのは、隠し扉だわ」


 玉座の後ろが、光輝いている。

 財宝の山が、玉座の中に眠っているらしい。


「こっちに気づいたぞ!」

「どうして? 物音も立てていないのに」


 シャンパさんの問いかけに、オケアノスさんが地面を指すだけで応えた。大量の動物型モンスターが、剣の餌食になっている。


「生きているだけで、俺たちは感知されちまうんだ! こっちに来るぞ!」


 不死の王が立ち上がった。巨大な剣を振り下ろす。


「隠れててください! カズユキさん!」


 信じられない高さに、シズクちゃんが跳躍した。さすがウサギ族である。


 シズクちゃんがいた場所に、剣の先がめり込んだ。


「まだ来るぞ!」


 オケアノスさんの警告を聞いて、シズクちゃんも動く。

 横に払われたガイコツの剣をバク転でかわした。

 異常な反応速度だ。


 ガイコツの剣が、突きへと軌道を変える。


 剣の上で逆立ちになり、シズクちゃんはブレイクダンスのような蹴りを放つ。格ゲーでしか見たことのない、アクロバティックな技である。


「ラビットフット!」

 

 シズクちゃんの足がめり込み、ガイコツの首が吹っ飛んだ。


 サッカーボールのように、首が壁へ激突する。

 首のないガイコツ剣士は、無軌道に剣を振り回して暴れ回った。


 熟練の冒険者も、舌を巻いている。


「よし、勝てるぞ! エンチャントを」

「任せて!」

 シャンパさんが、オケアノスさんの剣に炎魔法を付与する。


 赤く燃焼する剣を振るい、オケアノスさんがガイコツにトドメを刺す。


 あれだけ巨大だったガイコツの王が、あっさりと灰になった。


「よっしゃ。お宝をいただいて帰ろうぜ」


 二人は、玉座裏にある宝物庫へと向かう。


「待ってください、近づくのは危険です!」


 シズクちゃんが止めに入ったが、冒険者二人は止まらない。

 ウカツに玉座へと踏み込んでしまった。


 玉座の表面に、大量の文字列が並んでいる。


 その文字らが、怪しく紫に輝いた。


 冒険者たちが、急に膝をつく。


「くそ、トラップか!」

「本体は玉座だったのね!」


 二人とも、床に倒れ込む。


「だから言ったのに!」

「シズクちゃん、敵の正体がわかったの?」

「我々ヴォーパルバニー族は、幻覚の類いは見破れるので。霧も安全に抜けられたでしょ?」


 ボクたちが玉座だと思っていたのは、墓標だったのである。

 おそらく描かれているのは、この場所にやって来た犠牲者の名前だろう。

 巨大なスケルトンを撃退して意気揚々と宝物庫へ向かう彼らを、この墓へと導くために。


「このままだと、玉座に魂を食われます!」

「墓標を壊そう! 何か道具は……」


 ボクは、宝の山から一つのアイテムを発見する。

 瓶に入ったソレは、神秘的な力を秘めていた。


 でもこの瓶は、オケアノスさんのアイテムボックスから転がってきたっけ。


 待てよ。相手はスケルトンの上位互換だ。

 となれば、ポーションなどの聖水系でも倒せるはずだ。

 ならば。


「そうか、これだ! くらえっ!」


 呪われた玉座に、ボクは黄金に輝く液体を、瓶ごと放り投げる。


 瓶が割れて、中身が墓標に飛び散った。


 わずかだけど、呪いが霧散する。


「すごいじゃないですか、カズユキさん!」


 ボクの肩をバシバシと叩く。


「ところでカズユキさん、なにを投げたので?」 

「エリクサーだよ。オケアノスさんのボックスから拝借した」


 ノーライフキングがなんだ。

 だったらボクは、「秘湯王ノー秘湯、ノーライフ」だ!

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