第二章 宝箱? そんなものより温泉だ! 

秘湯ハンター、古代遺跡の湯を求めて

「うん。匂うぞ。温泉の香りだ」


 ボクは、ダンジョンの奥へと向かう。


「ホントですか? 私にはちっとも匂いませんが」

 疑惑の眼差しを、シズクちゃんがボクに向けてきた。


「間違いないね。ここには伝説級の温泉が眠っている。ボクの鼻が、そう確信しているぞ」


「古の文化遺産に、そんな俗っぽい設備がありますかねえ……」


 このダンジョンは、あまたの冒険者たちが長年探し求めた古代遺跡だという。

『賢人の隠し金庫』と呼ばれていて、貴重な財宝が眠っているという。


 ボクの他にも、熟練の冒険者二人が進む。


 剣士の男性オケアノスさんは、軽装備ながらダンジョンに深く潜るための装備で固めている。


 トラップ解除や隠し扉発見は、魔術師の女性シャンパさんだ。


 二名の冒険者は、ボクがこのダンジョンを探索すると聞くと、同行を求めた。


 シズクちゃんだけでも、ありがたい。

 その上、ダンジョンに詳しい人たちと旅を共にするのは勉強になる。

 非力なボクとしては、非情に頼もしいのだが……。


「よっしゃ。シャンパ、残ったザコの掃除を頼む」

 玄室で遭遇したサイクロプスを、オケアノスさんが仕留めた。


 シャンパさんの持つ木の杖が、火を噴く。

 クモのモンスターを、炎の渦に巻きこんで一掃した。


「あら? ザコのドロップの方がいい物が出たわ」

「ちっくしょ。サイクロプスの方が宝の番人かよ!」


 シャンパさんが魔力強化の指輪をゲットした横で、オケアノスさんがオデコを手で覆って悔しがる。


「寄り道ばかりですね」

 ウンザリした様子で、シズクちゃんがグチをこぼす。


「仕方ないよ。この二人は、宝探しが目的だから」


 オケアノスさんとシャンパさんは、トレジャーハンターだ。

 玄室に入っては強いモンスターを撃退して、ドロップアイテムをゲットする。


「お前さんたち、本当に分け前はいらんのか?」

 オケアノスさんが聞いてきた。


「このままだと、俺たちだけが得をしている。いくらお前さんが戦闘してないとはいえ、さすがにこちらも気になる」


 キラキラと輝く金のネックレスを、オケアノスさんがボクに差し出す。


「何かを企んでいるんじゃないかと、腹を探ってしまうわ」


 財宝を差し出されても、ボクは首を振る。

「いいよ。戦ってないから。ボクの目的は、温泉なんでね」


「温泉。そんなもんのために危ないダンジョンへ入るってのか?」

「ダンジョンって、お風呂に入るモノでしょ?」


 ボクの意見に、さすがのオケアノスさんも呆れた。


 お宝なんて、ボクなら文字通り『宝の持ち腐れ』となる自信がある。

 ラストダンジョンでエリクサーを余らせる、なんてこともないだろう。

 そもそも、エリクサーを手に入れようとさえ思わないから。

 ボクの目的は、戦闘ではない。あくまでも温泉だ。


「みなさんは、ボクを温泉の近くまで連れて行ってくれたらいい。あとはこちらの仕事だ」

「変わってるわね、あなた」

「よく言われます……ん?」


 耳を澄ませると、チョロチョロという水温が聞こえる。


 湯の反応をキャッチしたボクは、シズクちゃんと共に通路の方へ。


「おい、二人とも。そっちはタダの廊下だぜ」

「ボクたちの目的地は、この先みたいだ」


 温泉の香りが近くなっていく。


「これだ」


 ボクたちが見つけたのは、『足湯』だった。

 並んで入るのか、広いベンチがある。

 その足下に、湯が張られていた。


 足を付けると、程よい熱さが爪先から全身へ染み渡る。

 棒になっていた足が、一気に解れていった。


「奥まで歩いたから、ちょうどいいね」


「はーあ。蹴り技を連発していたので、効きますね」

 まったりと、シズクちゃんが足を付ける。


 いけない。このまま動かなくなるところだった。


「一応、レポートしよう。小休止は必要だ」


 念のため、シズクちゃんにプラカードを持ってもらう。

 報告を終えて、女神様に聖地認定してもらった。


「こんなものを見つけるために、あんたらはこの危険なダンジョンに入ったのか?」


 湯に浸かろうとせず、オケアノスさんが焦れる。


 とてつもなく貴重なアイテムが眠っているだけあって、地下遺跡はモンスターも強い。

 深く進めばそれだけ敵も強大になる。

 環境の変化に耐えられる装備を持っていても、戦闘力のないボクでは立ち向かえない。


「あら? でも気持ちいいわ」

 ローブを膝まであげて、シャンパさんが足をお湯につけている。


 この調子で、温泉の魅力を知ってもらったらいいけれど。


「魔力を回復させたかったから、ちょうどいいわ。オケアノス、あなたもどう?」


「俺はダメージを受けてない。遠慮する」

 休憩はするみたいで、オケアノスさんはベンチの側にあぐらをかく。

 カバンから取り出した保存食に手を付けた。


「素直じゃないわね。コイツ、お風呂も行水タイプなの」

「ダンジョンに潜れば、ただでさえ汚れるんだ。いちいち風呂になんか浸かっていられるか」


 冒険者二人が軽口をたたき合う。


 無理強いをするつもりはない。ボクだって彼らの差し出してくれたお宝を拒んだ。

 ボクにはボクの宝があるよね。


「オケアノスさん、それは?」

 アイテムの中で、一際フタが豪華な瓶を発見する。


「これか? エリクサーだ」

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