第11話 死神の思考を読む
崩壊した旧講堂は、弱い雨に濡れそぼっていた。その傍に立ち、やはりびしょ濡れになりながらも、長身の男は特にその事を気にすることなく、自身の感覚を研ぎ澄ましていた。
日はしばらく前に落ちたはずで、いま、男の周囲は闇に沈んでいる。だが、それは男には関係がないことだった。現に旧講堂の瓦礫が、どの程度濡れているのかも、まるで見えているかのようにわかる。
「騎士長、こっちに来てください、たぶんこれですよ!」
呼び声に、男は顔を上げた。同じ闇がどこまでも続く視界だが、意識が声の主を捉えるには、やはりそのものに正対する方がいい。
瓦礫の上を歩き、声の主の気配のすぐ傍に立った。相手の息遣いを聞いた。
「騎士長の予想が当たりましたね」
「予想というほどのことはない。それにこれは今回の事象に直接関わるものではないかもしれない」
「と、いうと?」
「恐らくあいつは、ここにいた女の方に用事があった。女が守っていたものには興味がなかったはずだ」
おれが死神なら、そう考える。
クラウス・タジティはこの旧講堂に現れたという『紅い死神』の思考を読んでいた。
「それで、どうします? このまま……」
「エオリアへの手がかりにはなるはずだ。おれたちだけで行く。ここは破棄された場所だ。危険はない」
そう言いながらも、クラウスは腰に佩いた片刃の長剣に手をやった。
「行けるな、イオリア」
「はい!」
相手の返答を待って、クラウスは足元にぽっかりと空いた空洞に足を踏み入れた。どうやらそこは階段になっているようで、足を踏み出す度に、その配置を意識し、次第にそれは視力に頼らずとも見えるようになってくる。盲目の剣士であるクラウスにしかできない感覚の使い方だった。
真っ暗闇の階段を突き進みながら、クラウスはこの先にあるものを想像した。予め想定した通りであれば、この先にあるものは監視対象のひとりである教授、ラザール・シュバリエの裏の顔だ。シホの報告から、ルネ・デュランという女生徒はそれを守っていたと考えられる。
クラウスがその裏の顔を気に掛けたのは、『旧講堂の死神』と共に語られる学園の生徒失踪事件に関しての報告だった。
最近の死神の目撃談に出てくるのは、明らかにあの男だが、『旧講堂の死神』も失踪事件も、数年前からあった話だ。『紅い死神』をよく知るクラウスからすれば、生徒の失踪に、あの男が関わっているとは到底思えない。仮にこの学院の生徒が短期間に三人も百魔剣を所持していたとすればまだしも、あの百魔剣にしか興味のない男が、百魔剣を持たない人間を失踪させるとは思えないし、この学院の生徒が短期間に三人も百魔剣を所持していたとは考えにくい。
では、誰が『旧講堂の死神』であったのか。答えは自ずとわかる。
生徒の失踪と、それに関わるとされる『旧講堂の死神』。その『旧講堂の死神』とおぼしき存在が守っていた『何か』
クラウスたちの目的である、『仲間の救出と宿敵組織の存在究明』に直接関わる可能性までは言及できないが、無視はできない内容だった。
「騎士長、行き止まりです」
一歩下がってついてきていたイオリアが言う。確かに階段は終わり、短い通路の先で行く道は壁で塞がれて終わっているようだった。
「いや……」
しかし、クラウスはその壁とその向こう側の空間を既に感知していた。腰を落とし、腰に佩いた片刃の長剣を握り直すと、ある種類の力の流れを意識した。瞬間、長剣の側から力の奔流が押し寄せる。クラウスはそれを受け止め、自らの力として解放を許可した。
周囲の闇が、感覚としての認識した闇から視覚として捉えた闇に変化した。そして、同時にその深い闇は、蒼白い光に照らされて霧散していく。光を放っているのは、クラウスの手元……腰に佩いた長剣だ。百魔剣、位階『騎士』のカタナ、魔剣『雷切』はその力が解き放たれる時を待っていた。
充分に高まった魔力を、クラウスは剣の抜き打ちと共に解き放つ。正面の壁を切り裂く一刀は、壁に見えた分厚い鉄の扉を容易く切り裂き、先の空間が開かれた。
「騎士長……これって……」
クラウスの前へ出て、先んじて扉の奥へと進んだイオリアの呟きが聞こえた。クラウスは雷切を鞘へと戻しながらも、魔力は維持したまま扉を潜り抜けた。この状態である限り、クラウスは一時的に視力が戻る為、自らの眼で教授の裏の顔を確認しようと思ったのだ。
「これは……」
だが、魔力によって甦った視力が捉えたものは、瞬時に説明を付けられるような物ではなかった。イオリアと同じ呟きを口にしながら、周囲を見渡す。
大まかに捉えれば、地下にあったものはクラウスの予想通りのものだった。何かの研究機材と思われる物品が並ぶ空間。だが、その規模が予想以上だった。鉄扉の向こうは広く、そのほとんどを乱雑におかれた機材が埋め尽くしていた。ラザールという男がここで何かの研究をしていたことまではわかるが、いったい何の研究だったのか。
「き、騎士長!」
イオリアの上擦った声が響いた。クラウスは声の方へ走る。イオリアは『
「どうした……」
クラウスもイオリアが見ている方向に視線をやった。
そこには、何と説明していいかもわからない光景があった。
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