第9話 豆のスープには、何が入っているのか
「……それでいうなら、現状で一番怪しいのはラザールだろうねえ」
「ですが、それですとベルナデッタさんが『奇剣』を持っている説明が付きません」
フィッフスの屋敷に戻ったシホは、また夕食の配膳を手伝いながら、これまでの情報をフィッフスと話していた。
「百魔剣の中で、剣の形をしていない武具でありながら、その魔力の高さ故に百魔剣に選ばれたとされる『奇剣』。ベルナデッタさんが身に付けている篭手は間違いなく、百魔剣『奇剣』アーマルスです」
位階『兵士』に序列される百魔剣だが、『奇剣』故に位階が低いだけであり、魔力としては侮りがたいものがあるとする説もある百魔剣である。ルディとイオリアの調査によって裏付けも取れていた。
「百魔剣は、一般人がそうそう容易く手にできるものではない。そういうことだねぇ」
「はい……」
「その定説を敢えて崩さなければ、いまの状況は説明できないかもしれないねえ」
「……というと?」
「ひとつに見えること、いや、この場合はひとつに見ようとしていること、だねぇ。それをいくつかに分けると、意外と簡単に説明が付くものさね」
言いながら、フィッフスは豆のスープをよそった皿を二つ、シホに渡す。シホは受け取った皿を食堂の間の長机に配膳した。今夜はフィッフスと二人きりだった。イオリアもルディも、学院内の調査に出て今夜は戻らず、クラウスも気になることがある、と言い残して夕刻、屋敷を出たと聞いた。クラウスがシホに目的も告げずに行動するのは極めて珍しい。いまもって戻らないことが気になって仕方なかったが、探し出すこともできず、シホはもやもやとした思いを抱えながらも、自らができることをしようと考えていた。
「例えば……例えばそうだねえ、この豆のスープには何が入っているか、わかるかい?」
シホが席に着き、配膳を終えたフィッフスもシホの正面の席に着いた。二人が囲んだ長卓には華美ではないがどれも美味である夕食が並ぶ。夕食は毎夜、フィッフス自らが作ってくれていた。シホは教会や貴族相手のパーティーで出される食事よりも、この家庭的な味付けが好きだった。
「……えと……豆と、この……お肉、それからこれは四角く細かく切ったお芋ですか?」
シホが皿を覗き込み、具材を見つめて答えると、フィッフスはいくらかいたずらっぽく笑った。
「確かにそう見えるね。でも『何が入っているか』と訊かれたら、それを作ったあたしなら、もっと細かく分けて言える。そのスープに使われている調味料のひとつひとつも、『入っている』ものには変わりないからね」
シホは匙でスープを掬って口に運んだ。複雑だがよくまとまった味で、確かにいくつもの調味料が使われているであろうことは想像できた。
「……つまり、『作る側』に立てていない、ということ……」
「『作る側』に立ったときにだけ、見える全体図があるということ。『作る側』に立つには、まだ全ての情報と可能性が揃ってはいない、ということさね。例えば、ベルナデッタの生家イグニス家は大商人だけど、それは日用雑貨から食品から武器や兵器にまで至る総合商人さね」
「……お金の力と武器商人の人脈で、百魔剣を手に入れた……?」
「二年前のマーレイ、ギャプロンという商人はそうだったろう? イグニス家は、あれとは比べ物にならない大商家だからねえ」
確かに、フィッフスのいうことは理解できる。だが、それでは……
「……お金の力と武器商人の人脈に、『
「……んん、それも否定できないねえ」
フィッフスもスープをひと口飲み下すと、そう答えた。
「とにかく、いまはまだ、全ての可能性を検証する必要があるってことさ。前提から疑ってみなければ、学院の中で複雑に絡み合っている事象はほどけない」
シホは一瞬、アズサとユカの姿を思い出した。彼女たちも複雑に絡み合っている事象のひとつだ。
「ただ、三人いた対象は、二つに絞られた、と考えていいんじゃないかい? ラザール、ルネ組と、ベルナデッタのどちらか」
「それと……」
シホはスープをもうひと口すすり、パンに手を伸ばした。これもフィッフスが焼いたものだ。焼きたてではなかったが、それでも柔らかさを失っていない。
「リディアさんが追いかけている何か」
「……今回の件では、あの子から連絡がないからねえ」
何をしているのか、見当が付かないのだという。それは旧講堂でリディアに会ったことを知らせた時にも、フィッフスは話してくれた。
百魔剣の全てを封じることを目的として戦い続ける『紅い死神』リディア・クレイは、百魔剣の情報の多くを、フィッフスから得ている。が、彼独自に百魔剣の情報を得て動くことも、最近では増えているのだという。
「ルネという生徒が、リディアの目的を阻んだのならば、それはラザールに関わることかもしれないねえ……」
「崩壊した旧講堂に何かがあって、それをルネさんが守っていたのならば、説明は付きます。でも……」
「そうでもないかもしれない」
「ええ。前提から疑ってみなければわからない」
シホは正面に座ったフィッフスに微笑み、フィッフスはつい先ほど、自分が使ったばかりの言葉を返され、感心したように笑った。
その時だ。食堂の間の扉が叩かれたのは。
「お食事中に失礼いたします。シホ様に至急のお客様が……」
扉の向こうから聞き覚えのある使用人の声が聞こえた。
「入って構いませんよ」
シホがそう答えるが早いか、両開きの扉が開かれた。
そこに使用人と一緒に立っていたのは、意外な人物だった。
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