王女がいなければ戦乱もない
ホテルヘブンの中。
「ここはまあ簡単に言えば結界みたいなもんの中だ。異世界のチカラは通用しないから大丈夫」
とめどなく流れる鼻血を拭きながらヒコがまた笑う。
「な、なにが可笑しいの? な、なんで笑って……」
と怒鳴りそうになりながらもミコは言葉を打ち消した。拳を握りしめている。
血だらけのヒコを改めて見る。
どうして助けたのか?
いまも言葉にできない苛立ちと葛藤。
こんなデタラメなやり方でデタラメな世界で、どうやっていくのか。
わからない。わからないけど、握りしめたヒコの手は温かかった。
例えお互いヒトじゃないとしてもその温もりに頼るしかない。
と、ミコは1人で納得、というか折り合いをつけるしかないんだ。
まだ見ぬ世界のために。
そう思うと心がほんの数グラム軽くなったような気がした。
で、
エントランスにはバンドのポスターやらクラブイベントのポスターやらが無造作に貼られていてラブホテルというより場末のライブハウス感が強い。
受付のところに大きなガラス状の扉。
厚さが30センチもあって、ランチャーを食らわしても壊れない仕様が売り。
その前にヒコが立つと扉がスライドして開いた。
「本部直通な。ホテル利用したいならアッチから入ってね」
そう言ってヒコが指さす方に通路があり奥にエレベーターがあった。
その前にはパネルがあり部屋の写真が光っている。
「オススメは505号室の中世ヨーロッパ風拷問部屋」
「い、行きません!」
本部側は簡素な作りだった。が、ショッキングピンクの壁や天井には黒いペンキで殴り書きされたような文字や紋様、髑髏マークが無造作に踊る。
エレベーター内は黒基調でシンプル。
小洒落たオフィスのような雰囲気。
そのまま7階へ。
「俺は……寝る。ミコは好きな部屋使っていいよ。オススメは、部屋の至るところにディルドが突き出てる通称千本キノコの部屋、310号室」
「だから行きません!」
そのままヒコは奥の部屋へとフラつきながら入っていった。
「さて……では千本キノコ部屋に行きましょうか」
「いや行かないって言ってるでしょ……ってゆうかひょっとして……ここに泊まるんですか?」
「泊まる……というかミコ様はここにお住みになります」
「は? え? 住む? ラブホテルに?」
「ええ。ラブホテルの体を成してはいますが、居住されている方も何人かおられますよ。
お好きな部屋をお選びください。
私のオススメは、403号室のボンデージ部屋です。一緒に行きますか?」
「……ふ、普通の部屋は?」
「では、居住者の多い6階にしましょう」
そんな会話をしながら部屋へと。
610号室。
そこに入りミコは目を見開いて驚く。
リビングスペースにはソファやテーブル、テレビが綺麗に置かれていて暖色系で統一されている。それが15帖程。
横にはキッチンスペース。すでに道具は揃っている。
その奥にベッドルーム。ベッドの方は白で統一されていて壁は薄い水色。ここにもテレビ。
そして隣接してウォークインクローゼット。
もちろんバス、トイレもある。お風呂はジャグジー。
「これが普通?」
「はい。一番オーソドックスな部屋になります。カラオケもついてます。あっゲームもありますよ」
キョロキョロと見渡すミコは今までの自分の部屋と比べていきなりいくつもランクアップしていてため息が出る。
まさかラブホテルに住みたい! と思ってしまう人生になるとは……。
「でもさっきの、グリッスル? ここには本当に来ないの?」
「ご安心ください。ここでは一部を除いて異世界のチカラは一切通じません。
特に外側はあらゆる異世界の力が無効化するようになっています。
あっ、ミコ様は特定の場所でご自由にチカラをお出しください。例えばこの部屋でも。
異世界のチカラを無効化する場所はこの街にも意外と多くあります。
本来は
「なるほど……じゃあ安全だと」
「安全……ではありますが、多元界のチカラを使なければセーブ侵入はされます。
そうなればいくらでも襲撃に来られますから警備は万全にしております。
もっともそうなれば相手は私達ニンゲンと同様のチカラしかありませんのでワンパンで勝てるでしょう」
色々とややこしい世界だ。
情報自体が妄想の産物みたいで把握しきれない。
「とにかく今夜はゆっくりおやすみください」
カノンはそう言うとそのままベッド・イン。
「え? なんで?」
「添い寝が必要かと」
「い、いらない! いらない。ていうか寝る前に聞かせて。私はこれからどうなるの?」
ミコは照れたように手を横に振りながら話題を変えつつ聞きたかった質問をする。
「これから……。ミコ様はここで暮らします」
「それはあのさっきのヒトに捕まらないために?」
「もちろんそれもあります。が、ミコ様はまだご自分の存在価値や世界の成り立ち、情勢をわかっておりませんので、まずはそれを知ることも大事です」
布団をかぶったまま、ちょっと目をトロンとさせてカノンは言う。
「……は、はあ……存在価値……ですか」
怪訝そうにしながらカノンが横たわるベッドに腰掛けた。
疲れた。ただ、そう思う。
汚れた制服を見てさらにその疲労が増すミコ。
自分の存在価値なんて考えたこともなかった。
普通に学校に通い授業を受けて。
音楽や芸術方面のことは昔から好きだったから何かクリエイティブな事を将来はしたい、という想いはあったが、それが価値になるかなんて考えたことはない。
とりあえずで入りやすかった八華の芸大に進学する。それを決めた程度だ。
平凡。波風のない穏やかな日々。
そんなミコの日常がこの数時間でいとも容易く壊れた。
「大丈夫ですよ、ミコ様。何も変わりません。住むところは変わりますが……。
ミコ様は高校を卒業まで通いそのまま進学して学生生活を楽しんでください」
「は? え?」
「できる限りのサポートを致しますので何も心配はいりません」
自分の気持ちをカノンに見透かされたようでミコは目を逸らす。
「ミコ様には変わらぬ日常を。それがお兄様の希望でもあります」
「あ、あのヒコの……」
なんだかんだ滅茶苦茶なようで考えてくれている。本当に守ろうとしてくれてるんだ、と目を少し潤ませ始めるミコ。
「来るべき時が来たら存分にチカラを発揮してもらう、とも仰ってましたが」
「は?」
目をこするミコ。
「ミコ様の持つチカラのことです。未だ目覚めてはおりませんが……」
「いや、え? なんで?」
平穏な日常を約束してくれるんじゃないのか! と憤慨しそうになりながらもミコはカノンを見つめた。
「戦争を終わらせない、ためです」
「……またそれ……」
「ええ、ミコ様こそがその戦争への扉を開くのですから」
ガビーーン、という顔になってるだろうなと自分でも気づいてミコは背筋を伸ばした。
自分が戦争への扉を開く?
それって戦争を始めるのと同義じゃないか!
恐ろしくなって鏡に映る姿を見るミコ。
どこにでもいそうな女子高生が映っていた。
血や埃で薄汚れてるけど。
薄汚れてる。薄汚れた世界に、戦争を。
恐怖、嫌悪、不信……よりも先に心がザワつき胸が高鳴った。
なぜ? それをひょっとして望んでいる?
自分は一体……。
鏡に見入ったままのミコ。
「ミコ様がいなければ戦乱はない、です」
うん、でもわざわざそうゆう言い方しなくてもいいよね、と思いつつミコは静かに目を閉じた。
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