君は、その手を掴んだ

ホテル・ヘブンという名のラブホテル前で、ミコとカノン。並んで立つ。

見た目は危なっかしいレズビアンカップルがラブホテルに入ろうとしてるようにしか見えないけど。



そんなホテル前でミコが躊躇している頃、ヒコとグリッスルは遂にぶつかっていた。





互いに拳を交わす。だが明らかにグリッスルの拳の方が的確かつスピーディーにヒットしていた。

ヒコが吹き飛ぶ。アスファルトを2回バウンドして転がった。

血を吐き立ち上がり間合いをとるヒコだがすぐ詰められる。


次は蹴り。腹部にヒットして足が浮く。

また血を吐く。間合いをとる。そしてヒット。

その繰り返し。


いつしか兄弟喧嘩の場は繁華街の通りまで移動していた。

行き交う人々が怪訝な顔をして道を開ける。

それが賢明。


二人の男の殺し合いだ。巻き込まれちゃたまらない。

この待ではそれが暗黙のルール。

街賊がいぞくが日常的にやり合う街だ。いちいち構っちゃいられない。

駆け出すヒコ。ボロボロの身体から血が流れる。


血を流すぐらいが彼らの日常。

生きることがイコール戦い。戦いに血はつきもの。

血を流さないで何かを掴めることなんてない。


だから平気だ。

背中にグリッスルの飛び蹴りが入ろうと。

前のめりに転がりセクキャバの看板にぶつかってため息。その目線の先には雑居ビル。


すぐさま動く。階段を3段飛ばしで駆け上がる。

グリッスルはそのヒコの後ろ姿を見てやれやれと苦笑。



「まったく……あまり大事にはしたくないからチカラをセーブして相手してやればこれだ。ちょこまかとしつこいね」

そう言いながらゆっくりと後を追う。



ヒコはもう屋上に。隣のビルに飛び移りさらに勢いつけて隣へ。それでもグリッスルは悠然。

いつでも仕留められる。狩りを楽しむ余裕。

ヒコは振り返り、またネオン輝く街へと目を向ける。

そこまで高いビルはないが四角い箱がところ狭しと並ぶ光景。



「もうちょいこっちか」

そう言ってから向かって右隣のビルに大ジャンプ。

非常階段に滑り込みその階段をさらに駆け上がり上階へ。

それを見ているグリッスル。気怠そうに首を回してジャンプ。

非常階段をまたゆっくりと上がる。

血を流しながらのヒコの息が上がり始める。




「おーいヒコよ。君はそこまで愚かだったのかい? 

まさか逃げられると? これも時間稼ぎかな? 

でも無駄だよ。今夜ミコを手にできなくても君を仕留めておけばいつでも僕のモノになるんだ」


ヒコは答えない。黙々と上階へ。そして屋上へ。



「距離もいい」

ヒコが呟きそこで月を見上げた。



「おや? 諦めたかな? 賢明だね」

「やあ兄やん。お前はミコを手に入れることもましてや王位につくこともないよ」

「やれやれ。ヒコ。負け惜しみかい? 最後の言葉にしては陳腐だなー」

「どうせお前は普通にいって姉貴を超えられないよ」


ヒコの言葉にグリッスルの顔つきが変わる。

姉。

目の上のタンコブ的存在。

いままさに次期王位を争っている者。

それを引き合いに出され血が沸き立つ。



「一瞬で消し飛ばしてあげるよ。もうお前の顔を見ているのもウンザリだ」

「無理だよ。俺はロザリアをぶっ潰すんだからそれまでは消えない」

「はははっ! いい加減にしろっ」

グリッスルが跳躍。ヒコとの間合いを詰める。

一気にヒコの目の前に現れたグリッスルは体を大きく回転させ、その流れで脚を丸太のように変形させて蹴りを繰り出した。本気の蹴りだ。







そんな死闘の最中、ミコとカノンはいよいよホテル・ヘブンへと入ろうとしていた。

ミコの覚悟が決まったらしい。

そこに、


ヒュバッ


風を切る音がして塊が路上に駐車していたボルボに突っ込む。

ガラスが飛び散りセキュリティの警報が鳴り響いた。


よく見ると今日一番の血まみれ状態のヒコだった。



「お兄様もご無事で」

「いや、無事じゃないでしょ! てかなんで飛んできてんの?」


「……何年アイツと戦ってきてると思ってんだよ。

アイツが最終的には俺をゴミクズのように蹴り飛ばすことぐらいはお見通しだ」

「え? まさかここまで蹴り飛ばされたってこと?」


「おーまあな。いい立地に誘い込んでちっと蹴られる前に角度とか体勢を変えればこの通りだ、ってまあそんなことはどうでもいい」


「素晴らしいです、お兄様」

素晴らしいのかどうかは別にしてものすごく蹴り飛ばされた事はわかる。

そしてそれでも死に至らないことも。



「まあ積もる話は後だ」

ヒコが立ち上がり手を叩く。要は促している。



「逃がさない!」

まるで街中にスピーカーで発せられたような声が繁華街を抜けていく。


黒く滑らかな光が電柱を貫く。

うねる。轟く、黒。

すべての光を飲み込むように、のたうつドロリとした物体。

ドクドクと脈打ちながら歩く程度の速度でホテル前のミコやヒコに迫る。

脚を引きずるヒコ。驚愕で身体が固まるミコ。

その前にカノンが躍り出た。



「お兄様! ここは私が! はやくホテルに」

「待て待て、カノン。あんなもん普通の人間が喰らえば跡形もなくなんぞ、やめとけって」


血を噴き出しながらヒコはカノンの肩を引っ張り後ろへと投げ飛ばす。勢いでホテルの出入口ドアに後頭部をぶつけるカノン。

一瞬眉根を寄せるがすぐさま無表情に。


脈打つ黒い物体は泡を撒き散らしながら迫る。

速度をあげる。

マンホールの蓋が跳ね上がった。

中から汚水と泡が間欠泉のように。

電飾を消し去り腐食するような勢いで周囲の壁や柱を削り取っていく泡と黒い塊。つまりはグリッスル。



「ミコ! ホテルに飛び込め!」

ヒコが怒鳴った。自身と身体を反転させそのまま転がりホテルへ。


ミコはカノンに引っ張られるようにホテルへとなだれ込んだ。



黒いドロドロの物体がまるで蛇のようにその鎌首をもたげ、大きく開く。

まるで巨大な花のようだが、垂れるドロドロの液体と無数のサメの歯のようなギザギザが獲物を探すように揺れた。まったく醜悪。本当のグリッスルの姿はまさにモンスター。



ヒコは転がりながらも両手で反動をつけ跳ねる。

ホテルまで数メートル。だが、すぐ後ろに鋭い牙が来ていた。腐臭のする液体も。


脈打ちがから、闇を撒き散らしながら。

あわやーーというころで、ミコは手を伸ばした。

ほとんど無意識だ。

ヒコをホテルに引っ張り込む。

ドアが閉まった。


外では暴風雨に晒されるような音がしているが、中は静か。

あの黒い物体も入り込んでこない。

ドアを打ち破ることもない。



「間……一髪」

カノンから力が抜け尻もちをついた。



「まさか……ミコ。お前に救われるとは……な」

うつ伏せに倒れまだダラダラと血を流しながらヒコは笑う。

ミコはミコで動揺。

なぜそんなことをしたのか自分で理解できない。

気づいたら助けていた。

本能? 何かが身体をつき動かした?

説明がつかない。

嫌がっていた街賊だ。

しかしそれ以上に相手は化け物だった。



非現実的、すぎる。



本当に異世界とかがあるのか。



ミコは自分が震えてることにそこで気づいた。

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