ブラザーバトルは今夜もカオス・エンド
目下、最大の敵の登場。
緊迫感増し増し。
「ミコ様。行ってください。走ってヒコ様の方へ」
「あっえ? え? は、はあ」
戸惑うミコ。
突然現れたグリッスルは構わず手を伸ばしミコを捕らえようとするがそれをカノンのナギナタが防ぐ。
「……君はそれで幸せなのかな? 我が妹」
「もうこんなところまで追ってきたのですね。
爽やかに言ってもゲス野郎さは隠せてませんよ」
「面白い。ゲス野郎とはね。なかなかロザリアで生きているとそんな風に言われることはなくてね。すごく新鮮だよ」
「何度でも言ってあげますよ。糞尿野郎」
「いいねー。排泄行為を必要とするこの世界の下等人類らしい罵詈雑言だ」
「え? 排泄しないんですか? ロザリア人は」
意外な事実だと素で食いつくカノン。
グリッスルも些か驚いた表情を作って眼鏡をクイッと上げる。
「お兄様はいつもご立派な大便を排泄されます」
「ハハハッ。そうかい。ヒコ君ね。
彼はただの忌まわしい落とし子だからね。
僕ら優等なロザリア人とは違うよ。
いくら多く見積もってもロザリア人の血は半分しかない。
僕が見たところでは、8割9割方君と同様の下等人類の血が入ってるだろうね。
なんせ馬鹿だ」
そんなやり取りを聞きながら
なんとか逃げる体勢を整えるミコ。
で、馬鹿の部分には心の中で全力で同意する。
周辺が騒がしく、慌ただしくなってきている。
ブンブンとハチと呼ばれるドローンは方向感覚を失ったように四方八方をフラフラ飛んでるし、
地下鉄周辺の小さな噴水の近くにはスーツ姿の男達が白目を剥いて倒れている。
人だかりもできてきた。
深夜1時を回っているけど街の賑わいはそのまま。
救急車のサイレンが遠くから聞こえる。
ミコはただ黙ってこの状況を見るしかない。
震える足に持てる力を込めながら。
と、一斉にハチ=ドローンがグリッスルに向かって勢いよく飛んでいく。
直後、制御を失ったようにグルグルと2、3回転して、落ちる。
ガチャドチャと金属音が響く。
救急車のサイレンはそこまで近づいていた。騒がしい。
「ね? 馬鹿でしょ? こんなので倒せると思ってる。この僕を」
「思ってねえよ。挨拶代わりだよ」
髪をボリボリと掻きながら面倒くさそうにぶっきらぼうに現れるヒコ。
対峙する。
地下鉄駅前の小さな広場。
申し訳程度の縁石代わりのベンチ。 薄汚れたコンクリート。
空き缶が転がり金属音が響く。
街灯は薄明かり。電灯が弱っているのか、省エネか。
「おせえよ、カノン、ミコ。何引っかかってんだよー。まあいいや、ここは俺がやるから先にホテル行け」
「ふふっ。随分傷だらけだけど大丈夫かい?」
「気にすんな。だいたい俺毎日血噴いてるから。傷がない日はないんだよ、すげえだろ」
「……まあいい。誰が先でも一緒だよ。ヒコ。足止めにもならないよ」
噴水横に救急車が停る。
パトカーも来たようだ。どんどんやってくる。
騒然が増す。人だかりも増す。
眠らない街の目はランラン。覚醒しっぱなし。
いつも騒動を求めている街だから。
そんな街を照らす朧げな三日月を仰いでヒコが飛び出した。
ロザリア王家の血を引く2人の幾度となく繰り返されてきたーー戦争だ。
そんな戦争、と呼ぶにはあまりにも小さく、だけどあらゆる世界の命運を左右する戦いが始まる頃、カノンとミコは走っていた。
「十中八九、お兄様はヤラれます」
「は?」
カノンに手を引かれたまま飲み屋がひしめく通りを駆け抜けていくミコ。
人気の立ち飲みバーを通り過ぎた辺りで前を見据えたまま、衝撃発言をするカノン。
「いえ、100%と言った方が正確かもしれません」
「い、いや……」
ミコはなんて応えていいか口ごもりながらも走る。
居酒屋の呼び込みがあまりのスピードに飛び退いた。
どこかのキャバクラの黒服が品定めするようにカノンのお尻を目で追う。
タクシーが停りクラクションが鳴る。
狭い通りに人が溢れより一層渋滞を招く。
酔っ払いが千鳥足で歌う横を駆け抜ける。
「しかしこの戦いは私達の勝利となるでしょう」
冷静沈着な言い方。
あれだけなんでもかんでもお兄様を賞賛しウットリするカノンから、ヒコが100%ヤラれると聞き半ば戸惑いを隠せない。
ミコは手にじっとりと汗が滲み出す。
「戦いにはそれぞれ勝利と敗北の条件がありますから」
カノンがそう言いながら通りを抜けてピンクが映える電飾看板を潜る頃、地下鉄駅近くの騒然とした最中に、ヒコとグリッスルはまだ静かに対峙していた。
立ち話でもする友人のように穏やかな表情の2人。異質だ。この騒動の中にあっては。
しかも中心にいる2人だから尚更。
「勝利条件? ああ、そんなことか。
それぐらいはわかっているよ。だけどね、ヒコ。虚を突いたさっきとは違うんだよ。
僕は君を秒で動けなくしてすぐさま我が妹に追いつくことができる」
「あぁ。そんなことか。それぐらいはわかってるよ、だけどね、グリッスル」
すぐさまグリッスルの口調を真似して口から血の塊を吐き捨てるヒコ。
「俺はね、お前……いやロザリアの弱点をわかってるよ」
「弱点……? なんだろうなー、怖いものもないし。なんだろ? 饅頭かな? 僕は何も怖くないんだけどね」
「そうか。なら別にミコのこと俺にくれてもいいんじゃないの?」
「お喋りで時間稼ぎかい? しょうがないな。落とし子とはいえ一応君は僕の弟でもあるからね。付き合ってあげよう」
そう言いながらもグリッスルの放つ不穏で重たい空気は辺りを侵食するように大きくなっている。
ジワジワと、でも確実に塗りつぶされていく領域。
ヒコは膝がガクリと崩れそうになりながらも持ちこたえる。
「サンキュー兄ちゃん。案外優しいなー」
「はははっ。そう、僕は優しいよ。
なんだったら僕の下に付かないかい? 高待遇で迎えるよ」
ニコリと笑顔。黒い空気が増す。
離れたところからざわめき。
誰かがこちらを指さしてる。
この事態の重要参考人ってところだろう、とヒコは思いながらもまた血の塊を吐き捨てる。
まあある意味ヒコはこの街では有名人だ。
悪名が高すぎて上が見えないぐらいの街賊・セディショナリーズのトップ。
有名じゃないわけがない。
「……いやーロザリア人がパーフェクトと思い込んでる時点で先はないから下につくのはいいや。
だって自分達の弱点もわかってないわけでしょー?」
頭から血を流しながらもニヤニヤと笑うヒコ。
板についた挑発。
ヒコは
挑発や交渉や騙し合い、果ては命のやり取りまで黒いコミュニケーションが日常。
すっかり身に染み付いてる。
言うことなすことそのチカラで押し切り、上からしかモノを考えていないグリッスルの方が案外翻弄されている。
だから、苛立つ。
ギリッと奥歯を噛むグリッスル。
苛立ちが泡立つように、憎しみが湯気となるように、立ち上る。
そしてまた街を覆っていこうとしている。
世界を覆っていこうとしている。
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