ゼッタイのゼツメイ

ーーそうだ。絶対絶命。


そして列車は停まる。

ゴクリと唾を飲み込む音で自身が最高に緊張していることを悟るミコ。


だけど傍らではさらに増える敵を眺めながら、


「うーん……さすがにキツいかー」

頭から血を滴らせて唸るヒコ。


「あんたはとっくにキツいでしょ……」

「ぬははっ。言うねー」

「ミコ様でなければその口のきき方、万死に値します」



そう。すでにこんな状況なんだ。絶対絶命に違いない。

ドアが開く。



「降りるぞ。ここならもう俺らのホームだ」

そう言うとヒコが飛び出す。

ナギナタを振り回しカノンが続く。ミコの手を引いて。



「ちょっともう帰してよー!」

「だからいま帰ってるじゃないですか。ミコ様の今日から住む家に」

「は? え? だから何それ……ってうわっ!」


ミコの思考が停る。

無数の手が伸びてくる。

まるでゾンビに追われているような。

血走った目が、ミコを凝視して一目散に襲いかかる。


それらすべてをナギ払うカノン。

守護者、と呼んでも差し支えないだろう。

守り抜くという気概さえ感じる。

ミコは内心頼もしいと思い始めていた。

だけど歯車を狂わせてる張本人達でもあるとも思っている。街賊がいぞくめ……と。



「ミコ様。先程申し上げていたように彼らは……異世界、多元界たげんかいの者達です。まああまり知能の高くない人型に似た生物ですが」

そう言いながらまた無表情でナギナタを振るう。

その度にスーツ男達が吹き飛んでいく。


「何か好きなエサでもぶら下げられてるのでしょう。あのグリッスルに。あの下劣な汚物野郎が好んで使う手ですよ」



下劣な汚物……野郎……



「失礼。お兄様がよくそう呼ぶのでつい……」

そしてまた吹き飛ぶスーツ男。



階段を上りきり地上に。

霞むように光る三日月が見えた。ビルの間に間に雲が流れる。

まだ電気のついたフロアが横目に入る。

トラックが通り過ぎた。



夜の街の風景。地下鉄のむせ返るうような匂いを含んだ空気の中から出たので心なしか冷たい風が心地よい。

そんな感じ。いつもの感じ。

だけどミコの足は震えたまま。

いつもの世界を見失ったまま。



逃走劇の舞台はいよいよ八華都市はっかとし最大の繁華街へと移る。涙目のまま。




八華都市の南部、ヘブンと呼ばれるエリアのほぼ中央辺りだ。

ビルが並び建ちその向こう側に巨大な繁華街がある。

この都市最大の繁華街。

通称ヘブン。さらにその最深部であるヘブンズエンドと呼ばれる地域。

それが目指す場所。


飲み屋、カフェ、レストラン、風俗、バー、キャバクラ、クラブ、ライブハウス、ゲーセン、24時間営業のアミューズメント施設、ホテル、大小様々なマニアックなショップ。秘密にしたい秘密クラブ……と、

挙げれば切りがないぐらいにありとあらゆる享楽を飲み込む施設がひしめき合う。

大人の街。欲望の街。




「おし」

フラフラになりながらも倒れまいと踏ん張るヒコがスマホ片手に一息。


「やっと防衛圏内に入ったな。あとはハチ共が片付けてくれるわ」

と言って血を吐いた。


ーー満身創痍じゃないか。。。

「がえりだい」

ミコは涙がでてきた。



振り返ればすぐそこまでスーツ男達が迫っている。


と、ブゥィーンと低く唸るような羽音に似たモノが聞こえた。


「え?」

咄嗟にミコは鼻をすすりながら見上げる。


ビルや大型ビジョン、電飾に彩られた看板の灯りに照らされたドローン群が目に入った。

その数、8、9、10、11……まだ四方八方から増えていく。


火花。小気味よく。

刻まれるビート。


ドローンから放たれた豆粒ほどの銃弾の雨がスーツ男達を貫いていく。

バタバタと倒れていく男達。

一瞬男達から湯気が立ち上り風に流され消える。いくつも、いくつも。

まるで温泉町を遠くから眺めてるような光景。

ディーボ族の血が沸騰して飛び散っている証拠。


その光景を背にヒコは悠々と繁華街に向かって歩いていく。

追うようにナギナタを肩に抱えたカノンが行く。

その跡を継い誘われるように、ミコ。



街は夜の闇に包まれて、それでもネオンやビルの灯りが輝きを放つ。

そんないつもの顔をしてミコを見返している。



ミコは何度も振り返る。

もうスーツ男達が追いかけてくることはない。全滅状態。


ーーまさかこんなに早く問題解決!?

この場所に来れば大丈夫と言ってたのはホントだったのか〜〜と。


「セディショナリーズの空の守護者、通称ハチです。お兄様の指示であのように動き敵を砕きます」

得意げなカノン。

もう知れば知るほど恐ろしさしかなく、ますます家が恋しくなるばかりのミコだが。

隙を見て逃げようか、とも思うがそれはそれで足が竦んで動きそうにない。

結局、なにもできない。そう、なんにもできないのだ、自分は。


なんだかんだと喚き散らしてもこのわけのわからない状況にただ流されるしか道はない。

それがとても、

「いや……だなぁ……」

と呟いたところで、

ポンと肩を叩かれる。





黒いスーツを着た男が立っていた。

さっきのディーボ族の生き残りの1人か。


しかし目は血走ってはいない。

見た感じ話の通じそうなビジネスマン風。

メガネもかけていて、眼鏡男子好きにはモテそうな物腰の柔らかさもある。


が、いきなり首を絞められるミコ。


風が吹いた。

と思ったらカノンのナギナタだった。

その一閃を紙一重で交わしたその眼鏡男子。

乱れた黒髪を軽く指先で整えると、髪はみるみる金髪へと変わっていく。

さっきの……あの金髪、グリッスルだ。



おかしい。脱したはずなのに、まだ続く絶体絶命。

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