その言葉は愛の告白にも似ていた
「君は僕のモノだ。もう離さないよ」
え?
「君に会えるのをずっと待っていたんだ」
え?
「君はとても大事な存在だ。僕の、そばに、いてほしいんだ」
告白ですね。人生初の告白を受けました。初です。
一日に3回も拉致られるのに。
そう思いながらゆっくりと瞼を開いていくミコ。
――え?
――これ告白ですか?
薄暗い穴の中から突如飛び出たような感覚が全身を襲う。 ミコはそこでビクリと身体を震わせて顔を上げた。よく見ると椅子に手足を縛られ拘束されている。
けっこうガチガチで固く、動けない。この状態で告白?
目の前の、告白を……しているのかもしれない男をミコは見た。
ダークブラウンの革張りソファに深々と腰掛け脚を組む。
その脚がわかりやすいぐらいスラリと伸びて長さを強調。
金髪のサラサラヘアに端正な顔立ち。若干薄めの上唇が微笑みをたくわえている。
細身の黒いスーツがよく似合う、簡単に言ってオトコマエ。
初めて会ったけど……とミコは途端に怪訝な顔をした。
だいたい拘束しておいて目が覚めていきなり告白って……。狂気しかない。
目が覚めて? そう言えばここは?
10m四方ぐらいある部屋。木製のアンティーク系の調度品が置かれていて落ち着いた雰囲気。
窓がある。外はビル群なのかキラキラと輝いている。
ガラスのテーブルを挟んでミコとその男は相対する。
かたや拘束され、かたや優雅にワインを手にしながら。
ミコの中に地下鉄の駅のホームまでの記憶はある。
そうか、そこで拉致されたのか、とミコは思い出しこの場所も初めてであることに改めて身を強張らせた。
「堅くならなくていいよ。リラックスして。悪かったね、ウチの部下が手荒なマネをして。
丁重にお連れするように言っておいたんだけど……。でも事態は急を要したのも事実でね」
ソファに座る男はそう言うとテーブルの上のチーズの盛り合わせに手を伸ばした。
緩やかに口元に運び一口。そしてまた微笑む。
悔しいけど笑顔が似合う。アイドル級だ。
多くの女性がクラッと心を持っていかれそうな、そんな雰囲気が漂い過ぎている。
「怖がらなくていいよ。ここには僕と君しかいない。2人の愛を邪魔する者はいない。
そうだ、自己紹介がまだだったか……。それは失礼したね」
臆面もなくよくこんなセリフが言えるなと、言われるミコの方が恥ずかしくなり少し赤らむ。まんざらでもないとか思われたらシャクなので手首を拘束するレザーを可能な限り引っ張ってみるミコ。
もちろんビクともしない。
「僕は、グリッスル・ボーンズ。グリッスルと呼んでもいいしグリなんて愛称でも構わないよ。
君と僕の仲だからね」
そこでウィンク。
これは天然か、演出か。外国人にも見えるしこういったお国柄の人なのかもしれない。
ただ、ひとつ気づく。このグリッスルと名乗るオトコの瞳も金色がかっていることに。
「あ、あの……すごく優しい言葉をかけてくれてますけど……私、縛られてません?
いや聞くまでもなく縛られてますよね? それもけっこうガッツリと……。
全然アソビもない状態で手首とか血止まりそうなんですけど……これっ一体」
「へえ……割と軽快に喋るんだね。もっと恐怖に打ちひしがれてるかと思ったのに」
顔はまだ笑顔だが、言葉は不満げ。それを見てミコの頭で警報が鳴る。これはヤバイ方だ。
サイコ方面の男じゃないのか。この笑顔の仮面の下は泣き叫び恐怖に歪む顔を見て悦に入るような……。
そう思うと途端に背筋が凍っていくミコ。また小刻みに震える。
「そんな急に怯えなくていいよ。大丈夫。君が思っているような者じゃないよ。
それに言ったでしょ? 君は僕にとって凄く大事な存在なんだ。離したくないぐらいね」
「ど、どうして? 私は貴方の事なったく知らない……んですけど……」
「そうだね。君の本当の記憶はまだ戻らないしね。でもそれはさほど重要なところじゃないんだよ」
「き、記憶?」
「君が僕にすべてを捧げるかどうか……そこしか問題じゃないんだ。いいよね?」
「さ! 捧げないです!! 私まだアレですし……アレ、ホラ、キスもまだですよ!」
「ああ、そうゆう勘違いはいいんだ。僕が欲しいのは君の持つチカラであって、身体でも心でもないからね」
そう言うとグリッスルは脚を組み換えワインを飲み干した。テーブルにグラスを置く。カツンとやけに響きすぎた音が飛び散る。
「ち、チカラって……。私チカラないですよ……。運動神経悪いですし……」
「ふふ……いいからいいから。君のその低俗で汚物のような意志も必要ないからね」
部屋の空気が一瞬で変わった。まるで照明のON OFFのように。
明るかった部屋が瞬時に真っ暗になるような感覚。ミコがギュッと拳を握る。その程度しか動けない。
やはり危ない奴だった……。
「あと……1時間程で君の誕生日だ。ちょうどいい頃合なんだよね。
チカラが目覚めようとしている。
今から君は僕のモノになるんだよ」
グリッスルと名乗るイケメン金髪男子がゆっくりと立ち上がりミコの元へと近づく。
そして手を前に突き出し、ミコの額へと掌を近づけた。
ミコは額を掴まれると思い首を左右に振るが自由の効かない身で小刻みに動いただけだった。
それを見下すような冷めた目つきで、でも口元の微笑は崩さずにただ眺めるグリッスル。
「な、なにを……はぁはぁ」
声を出して息が乱れていることに気づくミコ。
だんだん身体中が熱くなり始める。血が沸騰してきているような感覚。
「そうだ。チカラをもっと解放してくれ。いいよいいよ。やはり素敵だよ、君は」
手をミコの額に翳したまま冷たく言い放った。
「や、やめて……」
「大丈夫、心配しないで。すぐに痛みや苦しみはなくなるよ」
「なっ…にを……」
「感情や意志もなくなるけどね」
そう言うとクスリと鼻で笑って少し面倒くさそうに首を回すグリッスル。
ミコは噴き出した汗が目に入り今にも倒れ込みそうな状態。だが、椅子に拘束されていてそれすらできない。
「なかなか本当に素晴らしいチカラを持ってるけど……。君にはもったいない。
すべてを統べる頂きに立つ者にそのチカラは捧げられるべきだと思うんだよ」
「一体なにを言って……」
「そうだね。もうすぐ意志は消えてなくなるけど記憶は戻る。どうせわかることだし教えてあげるよ、しばらくただこうしてるのも退屈だしね」
グリッスルは優しい声色になった。パチンと指を鳴らす。
さっきまでの落ち着いた雰囲気の部屋はなくなり、浮遊感に包まれていくミコとグリッスル。
いつの間にか手足の拘束も解けていて自由になった手をまじまじと見つめるミコ。
だが、それと引換に理解不能の空間に投げ出されている。
手を顔の前にかざす。白く強い光が指の間をすり抜けて眩しい。
目を細めるとその目の前にグリッスルが楽しそうに髪を靡かせてクルリと反転した。
「君は自分の事を何者だと思ってるんだい?」
突然の質問。グリッスルに口を開いた様子はなかった。ただ微笑んでいただけ。
ミコの頭の中に直接問いかけるように響く言葉だった。
「え?」
「え?……じゃないよ。いちいち引っかかる子だなぁ。どうせ考えたって満足な答えは出ないでしょ?
思いついたまんま言いなよ」
「何者って……高校生……ですけど」
「そうだね。どこにでもいるチキュウ世界のニッポンと呼ばれる国の一都市のただの高校生だ。
成績は中の中、という至ってモブ的ど真ん中な存在。彼氏もいない。
友達と呼べるのもいなくはないけど、そう多くはない」
「そ、それは言わなくていいでしょ……」
一瞬悲しくなるミコ。
「まあでもパンクやロック好きでヴィヴィアンウエストウッドが好きなんだって?
たまにセンスある格好をしていると思うよ。たまに、だけどね。
でもライブにはまだちょっと恐くて行けない……という臆病なところとか……プラモデルを作るのが好きなインドアなところとか……」
「は……はぁ……ってなんでそうゆうの知ってるの?」
「すべて知ってるよ。君が君自身だと思っている君は、本当は君ではないこともね」
「はっ!?」
回りくどい言い回しだ。ややこしい。どうゆうことだ? と眉間にシワが寄るミコ。
「つまり、本当の君がいるってことさ」
本当の? では今の自分は偽り? ますます意味がわからなくなるミコ。
頭に響く言葉通り成績は中の中で彼氏もいないただの高校3年生。
一応これでも進学は決まっている。
芸術方面へだ。八華芸術大学。
中の中でも入れレベル。もっとも絵が評価され推薦で入るわけだけど。
ほら、他とは違う才能だってあるじゃないか! と心で叫ぶミコ。
「そんなことはどうでもいいよ」
見透かしたように応える声。どうでもいいって……。やっぱり悲しいミコ。
少しばかりの静寂。光だけが絶え間なく降り注ぐ。
空間を漂うグリッスルがポンと手を叩くとその手に輪っかが現れる。
煌めくグリーンとどこまでも深い闇のような黒。それが絡み合うように輪っかを覆い、光を受けて鈍く輝く。
「君は……ロザリアというセカイの……王女だ」
グリッスルは輪っかを弄ぶように指でクルクル回して飛ばす。
金髪のイケメン男子、グリッスルから出た言葉で呆然。
聞き間違いかなと。
王女。私は王女様!? ミコの思考が唸りを上げ始めていた。
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