1st EPISODE 星の少ない街を王女は駆けるが悩みは尽きない
拉致られ系人気No.1女子高生の事情
いきなりですが、拉致られました。
世知辛い都会の路地裏で。
顔に大きな布袋を被らされ、有無を言わさぬ迅速さで地面に転がされて。
そのあとすぐに感嘆する程の手際で足首をギュッと縛りあげられたところ。ギュッとね。
おそらくこのまま持ち上げられるか、面倒だと引きづられて運ばれるのでしょう。
「ああ……また制服が汚れる……」
と、黒い布袋の中でため息混じりに呟く少女。
固く凍ったようなアスファルトの冷たさが余計に悲壮感を倍増させる2月の夕暮れ時。
こんな緊迫した状況下でもある種の達観を見せるのは、もうすぐ18歳になろうかという女子高校生だ。
拉致される! なんて大事件がこの少女の身に置きたのは今月に入って6回目。
しかも今日に至っては2度目。
拉致業界では今一番人気じゃないだろうか。
少女は最初の頃は相当に驚いたし恐怖も抱いた。
叫びたくても喉が張り付いて思うように声が出ないぐらい怖かった。
ジタバタして全身の血が凍りついて逆流するような感覚に襲われ18年弱の人生を振り返ったりもした。
が、少女はその度に助かった。
いや、助けられた、と言った方が正確だろう。
だからこそ危機感が薄れある種の慣れを見せている。
“今日の方が縛るのが上手いな"とさえ思っている少女。
そしてーー
今回もそうだ。助けられる。
自分の足首を力強く握る手からその力が抜け、自由になったことで少女はそれを悟る。
頭の上で怒声が聞こえ金属音が鳴り響き、何かが弾け飛ぶような音もする。
その後、ふっと静かになって誰かが近づく足音だけが少女を包む。
「いい加減用心しろよ……何回目だよ」
声がした。男の声だ。
独特の抑揚で、だけどすぅっと心に入り込むような声。
拉致されそうになり、助けられるということを繰り返している少女にとって、初めての言葉と声だった。
いつも助けられた後には誰もいなかった。
はじめてのことで少々戸惑う。慣れた気持ちはどこかに吹き飛び緊張が全身を襲う。
少女に急に光が戻る。
覆っていた布袋が取り去られた。
少女は目を細めつつ若干の恐怖も感じながら辺りを見渡した。
サラリと肩まである少女の深く紫がかった髪がなびく。
透き通るような色白の肌で、黒に近いグレイの大きな瞳には若干金色がかった輝きもあった。
すらりと伸びた手足もあってハーフ・モデルにでも見えそうだが、
名前は、
紺色のブレザーの制服が似合う程に年相応にも見える。
「まあ4回目? 5回目か? まあ何回でもいいや。
やっとちゃんと話ができそうだ」
倒れ込むようにしている少女ーーミコの前に気だるそうにしゃがみ込む青年。
同じ目をしていた。黒に近い濃いグレイの瞳に金色が混じる。
ミコはそれに気づいて息をのんだ。
自分と同じ目をした人間を初めて見たからだ。
こんな特徴的で今まで物珍しさでさんざんいじられてきた瞳。それと同じ目をしている青年。
しかも色白で細く靭やかな肉体、青色の髪の毛はツンツンと四方八方に散っているスパイキー。
ん? この青は染めているのか?
青年を見つめながらミコはふと思う。
「オッス! 俺はヒコ。悪いけどちょっと眠いし面倒だから付いてこい。話はその後だ」
ぶっきらぼう、かつ後半は欠伸混じり。
ヒコと名乗る青年。
ミコとヒコ。
名前も似てるな、と少女ミコはぼんやりと思いながらもすぐに首を振る。
「助けてもらった? のは、有り難いですけどー、付いていく? 嫌ですよ!
結局拉致と変わんないじゃないですかー!やだー!」
自分が何の理由で拉致されるのか、その後一体どうなってしまう予定なのか、
そもそも誰に拉致られようとしているのか、こう何回も同じようなことになるのはなぜなのか。自分が可愛すぎるせいか?
未だ何もわからず、あげくに面と向けって今度は付いてこい、と言われても・・・と顔を紅潮させた。
「うっせえな。お前の意見は聞いてないし、聞いてる暇もない。あと眠い。腹も減った。うんこしたいし。
今もしまた変なのが来たらお前のこと……」
ゴツッ
言葉途中で青年ーーヒコは突っ伏した。
上から黒い塊が落ちてきてヒコを吹き飛ばしたからだ。
ミコは驚きそのまま後ろへと咄嗟に飛び退き尻もちをついて震える。
え? まさか潰れた? この男? と恐る恐る見つめる。
路地裏を挟むようにして立つ雑居ビルの上の方が騒がしくなった。
直後、轟音と火花を撒き散らして数人の屈強な男達がビルの壁を猛スピードで降りてくる。
いや、落ちてくると言った方がわかりやすい勢い。
「やっべ。危うくうんこ漏らしそうになったじゃねえかょ……ぁぁあ……ミコ。逃げろ。とりあえずどこでもいい。ここから離れろ」
頭だけを上げてヒコが言う。
額から血を流している。ここまで派手でわかりやすい流血ははじめて見るミコ。
小刻みに震える。
ビルから降りてきた男達は一様にサングラスをかけダークスーツに見を包む。
何かの映画で見たエージェントだ。
まるで要人警護でもしているSPのようにも見えるが、その手には刃物やら鉄の棒やらを持ってならず者感の方が強い。
一体何が起きているんだろう。何に巻き込まれてるんだろう。
いやひょっとしてこれは自分が拉致される事と関係があるのか。自分が可愛すぎるからか?
と、ミコの疑問はまた大きな恐怖となって身を強張らせた。
「はやく行けよ。どこにいようが見つける。だからとりあえず今は行け」
ヒコの言葉と表情は鬼気迫るものがあった。
そして起き上がる。その勢いで1人のダークスーツを蹴り上げた。
それを合図にしてミコも立ち上がった。
ヒコが狭い路地裏を活かして男達を翻弄しているのを横目にしてミコは走り出す。
ーーどこにいても見つける?
なぜだろう。その言葉の真意はわからないが、なぜだかそれを聞いて安心していた。
ミコの直感が叫んでいた。あのヒコとかいう青年は味方だと。
だけどいまは、走る。路地裏を抜け、大通りに出て人混みをかき分け信号を渡って。
地下鉄に潜ろう。人も多いし公共機関だ。
いくらこの街でも、この街が特殊でも、この街の犯罪数が飛び抜けて高くても、大丈夫だろう。
そう思いながら、ミコはスクランブル交差点で来た道を振り返った。
まるでこの街を眺め回すように。
この街ーー
その形がこの島の名前の由来 ーーらしい。
ニッポンの瀬戸内海と呼ばれる海の東端側に位置する
(リアル世界で言うところの淡路島辺り。淡路島よりも本州陸地に近く最も近い場所で架けられた橋の長さとして約3km~5km程度で3本の橋が架かる)
この島全体の人口は700万人程だがほとんどがこの都市部に集中しており、日本、そして世界でも有数の大都市と呼んで差し支えない街。
いつもどこかでサイレンが鳴り響き猥雑な喧騒が絶えない街。
どこの大都市でもそうであるようにあらゆる欲望を丸呑みしてそれでもまだまだ求める貪欲で底なしの街。
どこの大都市でもそうであるように高層ビルが立ち並び毎日渋滞で悩まされいる街。
どこの大都市でもそうであるように虚飾で彩られニュースは左から右へとすぐに流れていく街。
ああ、右から左でもどちらでもいい。
女子高生が街中で拉致される、なんてこともまあそんなに珍しくもない、
「ああ、あるよね」程度の話題で終わってしまうような質の街だ。
だから、ミコは踵を返して足早に通り過ぎる人々の波に乗る。
地下鉄に急ごう。
笑い声が流れていく。
すれ違うカップルが手を繋いではしゃいでいる。
険しい顔をしてスマホを睨みながらも一直線に進むサラリーマンを避ける。
寒そうに背を丸めて真顔で行くOL。
人、人。人だ。
まさにただのどこにでもある大都市の光景。
ただ……この街はどこの大都市にもない特別なモノを持っていた。
それが数多の異なる世界と繋がっているという事実。
密かに、でも確実に。緩やかに、そして大胆に。
ただ……この街の人達、
住人はそんな事実があることを知る由もなく日々の喧騒に明け暮れている。
もちろん少女、ミコだってそんなこと想像したこともない。
いつも通り。いつも通り。そう、いつも通り。
地下に潜ると生暖かい風が吹き抜けた。いつも通りの風だ。
ミコは通学に地下鉄を使う。
というかこの街、八華の交通は地下鉄が支えている。
都市全域に張り巡らされた地下鉄網と"もうひとつの街”と呼ばれるぐらい発達・発展した地下街。
地下10階ぐらいまでに及ぶ深さとさらにその広がりも大きな地域さえある。
よく地面が抜けないな、と思うこともある。
改札を軽やかに抜ける。ミコが毎日のように繰り返してきた動作。
もうほとんど無意識に。
駅は帰宅する人達で溢れていた。
拉致られそうになっている間にラッシュの時間にぶつかってしまったことに少々苛つミコ。
ホームで列に並ぼうと足を進める。
「うにゃ」
自分でも変な声を発してしまったと思わず赤面しそうになるが、そんな間もなくミコは膝から崩れた。
意識がだんだん遠くなっていく感覚。
ミコの霞む視界に入ったのは全身白ずくめの人達。まるでローブを纏う場違いな連中。
「よし、速やかに連れて行け」
声が薄れ行く意識の中響いた。
「うっそぉぉ〜……」
そう呟きながらミコの目が閉じる。
本日3回目の拉致である。
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